大河ドラマ風林火山第八話

NHK大河ドラマ風林火山」。原作:井上靖。脚本:大森寿美男。音楽:千住明。主演:内野聖陽。演出:田中健二。第八回「奇襲!海ノ口」。
前半には山本勘助内野聖陽)の痛快な大活躍あり、後半には無念の惨敗があった。だが、この無念も単純に無念の話ではなかった。なぜなら物語の主人公である山本勘助のここでの敗北は、物語の第二の主人公であるはずの武田晴信市川亀治郎)の堂々華麗な大勝利でもあったからだ。海ノ口城における山本勘助の戦い方は太平記における楠木正成のように大胆奇抜、心躍るような面白さに満ちていたが、他方、武田晴信の奇襲もまた彼の配下の全軍を奮い立たせるに足る勇敢なものだった。奇襲をかける直前、雪の降る夜、馬肉を焼いて食いながら体を温めていた三百名の兵に対し武田晴信板垣信方千葉真一)が海ノ口城へ引き返すことを宣言したとき、兵の中にいた伝助(有薗芳記)&太吉(有馬自由)が武者震いの余り立ち上がったのにも感動したし共感し得た。それにもかかわらず武田晴信のこの奇襲がこのドラマの視聴者にとって無念であるのは、それが山本勘助の敗北だからである以上に、むしろ山本勘助がそうした奇襲に必ずや見舞われるはずであると確信していたのを知るからに他ならない。奇襲の可能性を早くから予測していた彼は、敗走の武田軍のシンガリが若殿であることを聞いた時点で既にそのことを確信し、海ノ口城主の平賀源心(菅田俊)には決して油断してはならないことを忠告していたが、受け容れられなかった。無念であるのは山本勘助が負けたからではなく、山本勘助の的確な意見が通らなかったからに他ならないのだ。軍師を生かすも殺すも全ては大将次第なのだ。
山本勘助の無念は、前半における彼の痛快な活躍によって強調される。優れた武将だった平賀源心は、あの時点では軍師=山本勘助を存分に生かしていた。彼の奇策に翻弄されて心身ともに疲れ始めていた武田軍の陣の中で総大将の武田信虎仲代達矢)が「何者じゃ?何者がおるのじゃ?あの城には!」と叫んだ場面には興奮させられた。
海ノ口城の夜、山本勘助は、平賀源心の娘、美瑠姫(菅野莉央)から隻眼のことを尋ねられたとき、「人を恨み過ぎて、見えぬようになり申した」と応えて笑んだ。信頼してくれる武将たちと漸く出会い、己の本領を存分に発揮できる場を初めて得たことで彼が、己の周囲や己自身への怨念を、もっと力強い精神へ昇華させつつあることを物語っているのだろうか。実に、かつて刃物のように鋭かった彼の中での大きな変化を示すかのような場面だったが、他方、相木市兵衛(近藤芳正)が平蔵(佐藤隆太)との会話の中で山本勘助を「ぬしの主人」呼ばわりをしたのに対し平蔵が「主人ではねえづら」と云った場面のように、軽く笑わせることも決して忘れない。