大河ドラマ風林火山第十二話

NHK大河ドラマ風林火山」。原作:井上靖。脚本:大森寿美男。音楽:千住明。主演:内野聖陽。演出:東山充裕。第十二回「勘助仕官」。
山本勘助内野聖陽)の武田家への仕官という極めて重要な画期。そこへ向けて物語は激しく動いた。緊張感に満ちたドラマティクな局面が幾つもあったが、それらを貫いたのは「騙り」だった。勘助も多く騙したが、武田晴信市川亀治郎)もまた大いに騙した。勘助は甲斐への仕官を実現するため板垣信方千葉真一)と青木大膳(四方堂亘)を利用したが、それは板垣を騙すため青木を利用したと同時に、逆に板垣を利用して青木を騙したということでもある。さらに云えば、勘助のこの騙りを板垣が見抜いて晴信に報告するだろうことまで想定した上での、板垣のそうした忠義をも前提してこその勘助の騙りであり、またそれのみならず勘助の以上のような騙りの全てを晴信が何もかも完璧に洞察してくれるだろうことをも予定した上での、勘助の、一か八か己の生命をも賭した騙りだったのだ。そして実際にも、青木は勘助の企てを見破り、返り討ちにしようとしたことで逆に勘助の騙まし討ちに遭って無惨な最期を遂げ、板垣は忠義を尽くしたことで結局は勘助の意志を晴信に伝える単なる使者として利用され、晴信は勘助の意図を全て正確に見抜いた。それぞれの人物が他人の企てを見破ろうとして、最大限の精神力を働かせてゆく中で繰り広げた心理と論理の余りにも複雑な交差。幾つもの方向に幾重にも照らし合い反射し合うかのような、陰謀と洞察の交錯のドラマ。面白過ぎて涙が出た。今宵の第十二話の前半もまた興奮の連続だった。
後半に来たのは勘助の試練。武田家の家臣団一同による厳しい面接試験が行われたのだ。今や全ての事情を知る板垣は流石にあの場では何も云えなかったが、甘利虎泰竜雷太)は黙ってはいなかった。武田信繁嘉島典俊)や飯富虎昌(金田明夫)は晴信の意思を尊重しつつも家臣として妥当な疑問を呈したが、小山田信有(田辺誠一)は今川家から仕入れた情報を基にして勘助に対し嫌がらせの言ばかりを述べて、要するに勘助なんか相手にしたくもない様子。老臣の諸角虎定(加藤武)は何も理解できないまま異常事態には呆れるのみ。流石の勘助も、予想以上に冷たい家中の反応には少なからず動揺したに相違ない。晴信だけは、板垣以外の家臣たちの反対論の嵐と勘助の内心の動揺とを全て予想できていたろう。動揺した勘助が暴走して実力行使に出て、自力で家臣たちを沈黙させるだろうことをも想定しているのかもしれない。勘助はその期待に応えることができるのだろうか。次週を待たなければならない。
春日源五郎田中幸太朗)登場。のちの香坂弾正。勘助は地侍のこの美青年の容姿、雰囲気、人柄がそれ自体、大きな力に他ならないことを瞬時に見抜いたようだ。勘助は、晴信から送り届けられた美麗な直垂を見て感激しながら、「勝つ」とはどういうことかを、「刀では心は斬れぬ」ということを説いた。なるほど春日源五郎は、己の美によって心を斬り、稀代の英雄にさえ勝つことになると云えるのかもしれない。それにしても、庵原忠胤(石橋蓮司)と庵原之政(瀬川亮)の父子は底抜けに善良で魅力的な人々だった。