歌姫第九話

TBS系。金曜ドラマ「歌姫」
脚本:サタケミキオ。主題歌:TOKIO青春(SEISYuN)」。制作:TBSテレビ。演出:金子文紀。第九話。
新たに生まれた子の名付け親は、父でもなく母でもなく祖父がこれをつとめるべしという家の代々の仕来りを四万十太郎(長瀬智也)が当たり前のように述べて、岸田鈴(相武紗季)や岸田勝男(高田純次)や岸田浜子(風吹ジュン)等一同を驚かせたときの衝撃は、殆ど戦慄にも近いものがあった。岸田家には未だ存在したこともない伝家の仕来り。それが東京の名家、及川家の仕来りに他ならないことは明白だ。失われていた及川勇一時代の記憶が甦りつつあるのか。それを太郎は喜んだ。記憶が甦ってもなお太郎としての記憶が失われてゆくわけでもなかったのだ!と。しかし二つの記憶、二つの人生を持つことは本当に幸福であるだろうか。記憶は二つ、名は二つでも、身体は一つしかない。二つの異なる時間に同時に生きることができるわけではない。何れか一つが選ばれなければならないはずなのだ。
山之内の親分(古谷一行)は「御嬢」及川美和子(小池栄子)を東京に連れ戻しに来た。併せて婿殿の太郎=及川勇一をも連れてゆくつもりだった。美和子の夫「ゆうさん」こと勇一は政治家の子として生まれ、帝国大学法学部を卒業し、やがては政治家になるはずだったが、なるほど「ゆうさん」時代の記憶を失って土佐清水へ漂着した彼は、太郎と名乗り映写技師をつとめてはいても生来の大度量は抑え切れるものではなく、土佐の荒々しい漁師の町にあっても自ずから、余所者でありながら顔役に目されざるを得ない大物と化していた。この一点だけ見ても太郎が勇一その人であり、東京で政界に出るべき人材であることを親分は見逃さなかった。
そしてもう一つ、親分は美和子の子「さくら」のことを心配していた。美和子と「ゆうさん」との間には娘がいたのだ。しかし美和子は、「ゆうさん」=太郎の今の生活を大切にしてあげたいし、彼の今の恋人である鈴を悲しませたくはない。鈴の両親であり太郎の親代わりでもある勝男や浜子にも寂しい思いをさせたくはない。吾が子さくらには、父は既に死んだと教えてある。鯖子(斉藤由貴)の厳しい激励は有り難いものの、美和子は一人で東京へ戻ることを決意していたようだ。勇一を東京へ連れて帰りたくて岸田家の映画館「オリオン座」を訪ねた親分と、一人で帰るつもりの美和子はその場で言い合いを始めたが、そのとき偶々映写室にいた鈴は一部始終を聴いてしまった。太郎には娘がいたことも。
この瞬間、この時点で結末の概要、方向は既に見えた。これまでの物語の一つ一つの要素が全て見事に回収され、謎が解かれた感があるが、残る二話がどのようにそれをまとめ上げるのか、大いに楽しみにしたい。