旅行記二細見美術館待合掛/相国寺承天閣美術館柴田是眞/古代ギリシアローマ美術館

旅行記二。
朝十時頃にホテルから外出。阪急電車の特急で梅田駅から京都の河原町駅へ。四条通から先斗町を抜けて三条通へ出て東へ進み、神宮道を北上して京都会館の建築の和風のモダニズムを暫し観照。ル・コルビュジエ風のピロティの下にさらにピロティがあるのが面白いが、その風情は古典古代の神殿よりは寝殿造を連想させる。
そして十一時半頃、細見美術館へ。五月三十日まで開催中の展覧会「待合掛―茶会への誘い 春夏秋冬」を観照した。重要文化財「豊公吉野花見図屏風」の特別展示のほか、尾形光琳の「柳図香包」一幅をはじめ、茶会の待合の床の間に掛けられる優美な花鳥画の掛幅を数多く、茶道具とともに見ることを得た。
展示されている掛幅の殆どは琳派の画だが、土佐派の画も一部ある。琳派の画には細部まで神経の行き届いた異様なまでの仕上げの美しさがあって、その視点だけで比較してしまうと、やはり同時期の土佐派や狩野派には少々完成度が足りない気がしてくる。ことに鈴木其一の「白椿に楽茶碗花鋏図」をはじめとする鈴木其一&鈴木守一の父子の作の麗しさには驚嘆した。でも、酒井抱一以降の琳派の甘美な造形を立て続けに見てゆく中では、むしろ俵屋宗理の「朝顔図」の渋味が際立って魅力的に思われる。
私的に注目したのは土佐光孚の画幅。文人画家の天野方壺は着色法を土佐光孚に学んだが、なるほど着色だけではなく草花の描き方においても方壺は土佐光孚に似ていると見えるかもしれない。
昼十二時半頃に細見美術館を出て、近所にあるウドン店の味噌煮込ウドンで昼食。そのまま二条通を西へ歩き、鴨川を見ながら橋を渡り、河原町通を横切り、寺町通を北上して京都御苑に入って、内裏の東脇を進んで、一時半頃、室町時代の官庁街だった相国寺へ到着。
相国寺承天閣美術館において六月六日まで開催中の展覧会「柴田是眞の漆×絵」を観照。漆芸の職人であり四条派の画家でもあった柴田是眞の漆器と絵画をまとめて一挙に展示しているが、その大半は米国テクサス州のエドソン夫妻が愛蔵するコレクションの里帰りであるから、こんなにもまとまった形で見る機会は今回を逃したら当分ないのかもしれない。
柴田是眞の絵画では文字通り「工芸的」に整った形態と、漆のように濃密でムラのない彩色も印象深いが、それ以上に作風を特徴付けるのは極めて軽妙な筆遣い。異様なまでに神経の行き届いた細く粘りのある線が、信じ難い程に流麗な曲線や直線を伸ばしたり、逆に荒々しく暴れたりしながら、狂いもなく無駄もなく軽やかにフォルムを決定付けている。
傑作揃いの中で私的に好ましく見たのは、ウツ伏せになって寝ている少年の姿が愛らしい「四睡図」一幅(エドソン夫妻蔵)。蓮の花も葉も茎も妖艶な「白蓮図」双幅(エドソン夫妻蔵)。鼠を狙う猫の姿が驚くべくリアリスティクに描写されている「猫鼠を覗う図」一幅(板橋区立美術館蔵)。御伽噺の絵本の一場面のような味わいのある「浅草寺観音出現図」(京都・大光明寺蔵)等。
三時頃に相国寺を出て、今出川駅から北山駅へ移動。北山通を東へ行き、ノートルダム女子大学のある角で下鴨本通を南下してクリーニング店のある角で東へ転じて暫し歩き、三時半頃、住宅街の中にある京都ギリシアローマ美術館へ到着。
かの蜷川新右衛門の子孫にあたる蜷川式胤の孫の方が創設した京都ギリシアローマ美術館に来たのは二度目だが、日本国内の、しかも京都市内とはいえ住宅街に、こんなにも充実した古代ギリシアとローマの彫刻や陶器や各種の考古遺物があって常設展示されているという事実には改めて驚かざるを得なかった。何といっても、玄関ホールの奥の間の舞台上に鎮座する半神=英雄ヘーラクレースのトルソ大理石像が素晴らしい。現実に大きいだけではなく、造形として大きく、厚みがある。背後へ向けられている右肩と、盛り上がっている右胸との段差に圧倒されるし、右脚を背後へ向けているために盛り上がっている右尻と、左脚を前に向けて屈しているために伸ばされてはいるものの盛り上がりを失うこともない左尻との形の見事な対比に魅了される。腹の筋肉の凹凸も絶妙で、どの方角から見ても美しく、何時まで見ていても飽きない。他の陶器画の数々も全て美麗で、やはり見応えがある。
閉館時間の夕方五時に退出して、地下鉄で北山駅から烏丸御池駅へ移動。三条通から新京極通河原町通を経て四条の河原町駅へ。阪急電車で梅田駅へ戻ったのは夜七時頃。梅田駅の食堂街にある洋食店で夕食。書店に寄ってからホテルへ帰った。