旅行記二東京国立博物館-細川家の至宝展の黒き猫と仮面ライダーW第三十五話

旅行記二。出張としては本日が初日だが、その業務内容は東京への移動のみであり、既に昨日の時点で完了している。
朝六時には目を覚ましたが、異様に眠くて何も行動できず、起きていないも同然だった。
八時からは「仮面ライダーW」の第三十五話「Pの彼方に/やがて怪物という名の雨」を見た。秘密結社ミュージアムの総帥、園咲琉兵衛(寺田農)が自身の後継者として育成してきた長女の園咲冴子(生井亜実)に謀反の気配を察知しているのが明白化しつつある中、琉兵衛の愛猫ミックが反逆者たちの会話を盗み聞きしていた。相変わらず働き者だ。
八時半からホテルの一階の食堂で朝食。そして十時頃にホテルから外出。上野駅パンダ橋を渡って上野恩賜公園へ。「仮面ライダーW」にも登場する風都一番の名士、園咲琉兵衛の居城を訪ねたところ、園咲琉兵衛の姿こそ見かけなかったものの、愛猫ミックが黒猫に扮して樹の幹で休んでいる姿を描いた見事な肖像画菱田春草筆/重要文化財)を見ることを得た。…というのは半ばフィクションで、現実主義的に言い換えるなら、園咲邸の撮影場所である東京国立博物館に行って、その平成館で現在開催されている特別展「細川家の至宝-珠玉の永青文庫コレクション」を見物し、菱田春草筆の名画《黒き猫》一幅(永青文庫蔵/熊本県立美術館寄託/重要文化財)に感銘を受けたのだ。
この展覧会「細川家の至宝」は、東京国立博物館のほか京都国立博物館九州国立博物館でも開催されるようで、展示内容は各会場によって一部変更がある上、同一会場でも途中で展示換が行われるので、展覧会図録に掲載されている三百五十五点中の少なからぬ点数を実際には見ることを得ない。だから展覧会を見終えたあと展覧会図録の圧倒的に充実した内容を見ては何とも残念な気分になってしまったのだが、展覧会場で見物・観照している間は充実した気分を味わえていたことを強調しておこう。
特に興味深く見たのは、矢野良勝&衛藤良行筆《領内名勝図巻》十四巻中一巻(一七九三年/永青文庫蔵/熊本県立美術館寄託)や杉谷行直筆《富士登山図巻》一巻(十九世紀/永青文庫蔵)、谷文晁筆《東海道勝景図巻》一巻(十九世紀/永青文庫蔵)等の江戸時代の真景図の数々。こうした記録的な画像史料こそ、狩野派であれ矢野派であれ御用画師の絵画の真髄を示すものであると云える気がする。
細川家は戦国時代には武将であったから、今回の展覧会には所謂「歴女」が喜びそうな豪奢な甲冑武具の類も数多く出品されているが、やはり細川家といえば中世から現代に至るまで常に芸術の世界でも名を馳せた一族でもあり、歌道や茶道や博物学に関する資料の充実は注目に値する。中で興味深かったのは、鷹司兼熙筆《古今伝授ノ図》一幅(永青文庫蔵/熊本大学附属図書館寄託)。画中の人丸影供の柿本人麻呂像には「信実筆」と記されてある。
江戸時代の臨済宗の僧、白隠慧鶴と仙突義梵の画が多く出ていたのには驚いた。
細川家と云えば横山大観の庇護者だったことでも有名で、今回も大観の大正期の名作《柿紅葉》六曲屏風一双(永青文庫蔵/熊本県立美術館寄託)が出ていたし、また小林古径の《鶴と七面鳥》二曲屏風一双(永青文庫蔵/熊本県立美術館寄託)は、細川護立によって俵屋宗達風神雷神図屏風との類比性を指摘されたことを踏まえるなら一段と味わい深いだろうが、やはり場中一番の見所は、菱田春草の《黒き猫》一幅(永青文庫蔵/熊本県立美術館寄託/重要文化財)だろう。
この余りにも愛らしく美しい黒猫は、今回の展覧会の云わばマスコットキャラクターになっていて、会場内の売店にはその画像を用いた絵葉書等の文具や携帯電話ストラップはもちろんのこと、その姿を模した小さなヌイグルミまでも売られていた。魅力的だったのでバッグと携帯電話ストラップと小ヌイグルミを買った。
昼一時頃に会場を出て、同じ平成館の一階における企画展示「海外にある日本美術品の修復」に展示されていた《歌舞放下芸観覧図屏風》(十七世紀/英国アシュモリアン美術館蔵)等を観照したあと、同じ館内の休憩所に行き、持参したアンパン二個で簡単な昼食(なお、美術館・博物館の展示室内には飲食物を持ち込んではならないというのが常識であり、もちろん吾も展示の観照中はアンパン二個を入れた荷物をコインロッカーに預けてあったことを念のため記しておく)。この休憩所では今回も鶴屋吉信が店を出していたので、銘菓つばらつばら一個を購入したのは云うまでもない。
一時半頃に平成館から外へ出て、工事中の東洋館の様子を眺めながら本館へ。地下の売店で有職故実やガンダーラ美術等の図録五冊を購入して、一階の奥で開催されている企画展「仏像の道-インドから日本へ」を観照したあと、先ずは二階の展示室、次いで一階の展示室を回った。
国宝室には国宝《元永本古今和歌集》。宮廷美術展示室では《紫式部日記絵巻》(重要文化財)に見入った。藤原道長紫式部の寝室に忍び込もうとしたのを紫式部が拒否する場面も見ることを得た。一階の近代美術展示室では、前田青邨筆の大作《大同石仏》三曲屏風一隻、安田靫彦筆《五合庵の春》一幅、小林古径筆《いでゆ》一幅、そして前田青邨筆《維盛高野の巻》一巻には特に見応えがあった。夕方五時を少し過ぎた頃に本館を出て、表慶館古代エジプトメソポタミアやインドや中国の考古学資料や仏教美術品を観照した。古代シリアの資料《目の偶像》は、「仮面ライダーW」における恐怖ドーパントの容姿を想起させた。閉館十五分前の五時四十五分頃に東京国立博物館をあとにして、上野駅に近い食堂で夕食を摂ってからホテルへ帰着。余りにも眠いので早くに寝てしまっていた。