渡る世間は鬼ばかり第十部第十九話

TBS系。橋田寿賀子ドラマ「橋田壽賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり」。
最終部=第十部第十九話。
余りにも内容が盛り沢山で、見終えたあとには暫し呆然とならずにはいない程だったが、中でも今宵の最も重要な事件に関しては、その過激な発端と、その直後の、嵐の前の静けさとでも形容するほかないような感傷的な平和との間の極度の対比に注目せざるを得ない。
小島邦子(東てる美)と山下久子(沢田雅美)、山下健治(岸田敏志)の邪悪三人組は、彼等の拵えたインターネット餃子店「幸楽」の業績が甚だ快調であることから、事業の拡大を図り、独立した工場を構えるため、銀行から一千万円もの資金を借りることを決定し、ついては、小島邦子と山下久子の実兄である小島家ラーメン店「幸楽」主人、小島勇(角野卓造)にその保証人として署名押印してもらいたいとの話を持ちかけてきた。
もちろん小島勇は反対し、彼の長女の田口愛(吉村涼)はもっと激しく反対したが、小島邦子は彼等の反対の原因を何時ものように兄嫁の小島五月(泉ピン子)の差し金によるものと勝手に決め付けて口汚く罵倒し、これに動揺して何時ものように弱気になった愚かな小島五月は、夫の小島勇に対し、彼等のために保証人になってやって欲しいと告げた。
小島邦子率いる三人組は、小姑の立場から小島五月を苛めておけば容易に小島家を陥落させ得ること位、充分に計算できていたろう。これまでも何時もそのようにして小島家から何十万円もの金を借りては未だ一円も返さないまま、平然としているどころか、むしろ威張り散らしてもいるのだ。
両陣営の間の遣り取り自体は普段と変わらぬ光景だったかもしれないが、下手すれば小島家ラーメン店「幸楽」がなくなるかもしれない程の、危機の発端であると見られる点で普段の遣り取りとは重みが異なる。
なにしろ、邪悪三人組の営んでいるインターネット餃子店「幸楽」が本当に大繁盛しているとは到底信じ難いからだ。事業の拡大に耐え得る程の利益があるとは思えないどころか、そもそも会社を維持できる程の利益が出ているとさえ、信じてよい道理がない。なぜなら彼等は、商品の餃子を拵えるための材料費ばかりか、社員の法事に持参する香典までも自前で準備しようともせず、小島勇や小島五月から何十万円も借金して、しかも未だ一円さえも返そうとはしていないからだ。本当に繁盛しているのであれば、そういうことになる法がない。
云わば「幸楽」史上最大の危機にもなりかねない事件が、このように一見あたかも日常茶飯事、普段と何一つ変わらぬ光景であるかのように始まったが、そのあとには一見あたかも普段と何一つ変わらぬかのような、平和で賑やかな日常生活が続いた。
だが、普段にも増して平和であるかに見えたその生活には、何かしら不穏な気配が既に漂ってもいた。
春三月三日のこの日、桃華の節句を祝し、小島勇と小島五月の夫妻は、まもなく四歳になる孫の田口さくら(小宮未鈴)のため美麗な振袖を購入して贈り、併せて、家族六人それぞれ着飾って皆で集団肖像の写真を撮影することを決めた。小島家一族では初の、家族揃った写真(「家族写真」)だったが、このために皆が集まるのは必ずしも容易ではなかった。婿の田口誠(村田雄浩)は小島家ラーメン店「幸楽」店主の三代目として店をなるべく留守にしたくはない様子だったし、長男の小島眞(えなりかずき)も、公認会計士の見習いの身として職場を直ぐに抜け出せるわけではなかった上、この日の夜には上司の付き合いで夜会に出席する予定があった。
それでもなお、小島五月が何としても家族六人揃って着飾って写真を撮影しておきたかったのは、このように家族の全員が揃うことは二度とないかもしれないと感じたからだった。
なるほど確かに人生とはそのようなものであるかもしれない。平和と幸福が永続するはずはなく、平凡な日常生活さえも、持続してくれる保証はどこにもない。明日には家族の誰かがいなくなってしまわないとも限らない。でも、そのような不安ばかり抱え込んでいては生きてゆけないだろうし、幸福を感じている間はそのような不安を抱く暇もないだろう。
換言すれば、小島五月は己の平凡な幸福が終焉を迎えるのかもしれない気配を、どこかで感じ取っているのではないだろうか。
過激な闘争のあとの、この感傷的な幸福。
桃は古来、不老長寿の象徴であり、桃華の節句に家族の終焉を予感すること自体に、福と禍との間の、余りにも鋭い対比があるとも云える。
まるで嵐の前の静けさのようではないか、何れ新たな事件に見舞われるのだろうか…と思っていたら、何ということだろうか!次週の予告編において早くも最悪の事態が発生するのだろうか。インターネット餃子店「幸楽」の邪悪三人組の陰謀によって早くもわずか一週間後に小島家ラーメン店「幸楽」は終焉を覚悟せざるを得ない状況に陥るのだろうか。この急転直下に、目が離せない。