高校生レストラン第六話

日本テレビ系。土曜ドラマ高校生レストラン」第六話。
一見よい話のようでいて、なかなか解りにくい問題をはらんでもいた。注意しておかなければならないのは、相河高等学校調理クラブの教育施設「高校生レストラン」で教員をつとめる料理人の村木新吾(松岡昌宏)は、一見あたかも厄介な問題を抱えた生徒のために譲歩したかのように見えても、譲歩してはならない物事の基本に関しては決して疎かにしてはならないことを生徒たち皆に対して繰り返し強調していたという点だ。むしろ譲歩できない物事の基本を徹底して教えるためにこそ敢えて、譲歩できるところでは柔軟な態度を取ったのだ。もう少し具体的に云えば、今回の彼が教えたかったことは「レシピを厳正に守り、基本を身に着けよ」ということであって、しかるに極めて私的な事情からどうしてもレシピを逸脱してしまう生徒が一人いたので、思案の末、敢えてその生徒の味覚に合わせてレシピ自体を変更してでも、「レシピを厳正に守る」という基本に従わせることにしたということだ。
この話に微妙な後味の悪さがあるとすれば、それは一見よい話であるかのように話が仕上げられていたからだろう。
確かに、高校二年生の米本真衣(川島海荷)の抱えていた問題には同情の余地があるとは思える。母を亡くし、働く父のために毎日の朝食と夕食を拵え続ける生活の中で米本真衣は亡き母から教わった味噌汁の味からどうしても離れることができなかった。村木新吾から一流の料亭の味噌汁の作り方を教わっても、どうしても自ずから母の味噌汁の味にしてしまっていた。その味を既に自ずから身に着けていたのだろう。そして村木新吾から「レシピを守れ」と厳しく注意されることは、母の思い出と自身の生活をも否定されるに等しいように感じてしまったのだ。
かつて相河町役場に勤務していた米本真衣の母とは同僚だったこともある岸野宏(伊藤英明)から、米本家の事情について聞かされた村木新吾は、米本真衣が作った味噌汁の味を正確に思い出して再現しながらも、それに工夫を重ね、一流の料亭で供しても恥ずかしくないような味へ何とかして改良して、新たな「レシピ」を作ってそれを生徒たちに示した上で、重ねて「レシピを厳正に守り、基本を身に着けよ」と教えた。
見落としてはならないのは、村木新吾は米本真衣の味噌汁をそのまま全て肯定したのではなく、一流の料亭の味覚を基準にして、一つの家庭の味ではなく、一つの郷土の味を活かしつつもそこに留まるのでもなく、もっと普遍化した味へ改良したという点だ。彼はそのために徹夜までしていた。
だが、このような対処が可能だったのは、彼のレシピに従わなかったのが一人だけだったからだろう。米本真衣のような事情を抱えた生徒が他にもいた場合、もはや対処のしようもないだろう。
彼自身が述べたように、味覚は十人十色で、唯一の「正解」があるわけではない。だが、それは正解がないということではない。むしろ正解が幾つもあり得るということだ。だからこそ幾つもの正解を提供できる料理人を、誰もが尊敬する。米本真衣の味噌汁の味は、米本家の家庭料理としては正解でも、料理店の味としては正解ではなかった。だから村木新吾はそれを改良して正解を出した。もし米本真衣のような事情を抱えた生徒が他にもいた場合、彼は同じように他の正解も出してみせるだろう。
だが、味噌汁一つに複数の正解=レシピがあって、複数のレシピが高校生レストランの厨房に存在する場合、厨房で働く生徒たちはどのレシピに従えばよいのか。品書に複数の味噌汁を記して、客に選ばせる手もあるが、そうなると味噌汁一つ作るのにも長時間を要することになりかねないし、もちろん費用も高く付くだろう。料亭ではそれもあり得るか知らないが、高校生レストランではそれは難しいだろう。料理店の経営を考えることも料理人の仕事の一つであるだろうが、味噌汁一つに複数の正解を併存させることは正解ではないに相違ない。
今回の村木新吾の学校教員としての対処は、レシピに従えないのが米本真衣一人だけだったから有効で正しかったが、もし似た問題を抱えた生徒が他にも出てくれば直ぐに破綻してしまうわけで、かなり危険でもあったのだ。