宇和島城見学

休日。昼に外出。道後温泉駅からJR松山駅へ移動し、一時四十分頃に宇和島駅へ到着した。そこから歩いて宇和島城(鶴島城)へ。
商店街に近い三之丸の桑折長屋門から入城し、山道を登り、石段を登り、長門丸の武器庫に開設されている城山郷土館で暫く涼んだあと、隣接する位置へ移築されている穂積陳重の生家を眺めていたところ管理人氏の特別な御厚意で中を拝見できた。かなり遠方からの観光客に見えたのだろうか。礼を述べて再び山道を行き、石段を登って、二之丸を経て本丸へ登頂。もちろん天守閣にも登った。天守閣を降りたあと、長門丸で方向を変えて、三之丸の反対の方角にある上り立ち門へ出た。この門が昔は堀に面し、堀は海に通じていたらしい。
門の外には児島惟謙の銅像あり。作者は澄川喜一。鋳造は岡宮美術。道を隔てた場所には東京高等師範学校教授だった国学者、大和田建樹の生家跡あり。
炎天下、城に沿って北上し、駅前の大通へ戻ってさらに北上して、西へ緩やかに折れて延々歩いて、樺崎砲台跡に隣接する宇和島市立歴史資料館へ到着。二階に常設展示されている三好直の彫刻を見るのが目的だったが、一階の「華宵の部屋」で見た異国趣味の美少年の姿態の官能性が強烈に印象深かった。高畠華宵というと和服姿の美少女と美少年で親しまれているが、アラビアンナイト古代エジプトに取材した絵の方が良いような気がした。華宵自身が色々な人物に扮した写真も展示されていたが、これを見ると、華宵御殿における華麗な生活も含めて人生を演じていたのではないのか?とも思われた。
歴史資料館を出て、流石に空腹を感じながらも宇和島駅まで歩き、特急列車の発車の時刻を確認したところ約十分後の夕方五時八分発の便があったので、近くのコンヴィニエンス店でサンドイッチと酪連カフェオレを購入して乗車。JR松山駅へ着いたあとは伊予鉄道の電車へ乗り換えて道後まで帰った。