仮面ライダー鎧武第十二話

平成「仮面ライダー」第十五作「仮面ライダー鎧武」。
第十二話「新世代ライダー登場!」。
冒頭、葛葉紘汰(佐野岳)は呉島光実(高杉真宙)とともに、クリスマスの日にヘルヘイムの森で知ったことをあらためて確認し合った。これは彼等自身の今後の行動を見定めるための作業だったが、視聴者にとっては今までに判明した事実をまとめて確認するための判り易い説明でもあった。番組制作者がyoutubeにアップロードした総集編の動画(前編http://youtu.be/4BfxsKccKYc/後編http://youtu.be/-E1ApwUFyfc)と一緒にこれを聴けば、前回までの十一回の話を今一つ見てこなかった人でも、容易に入ってゆけることだろう。
ともかく、無益なインベスゲームに無邪気に興じる段階は既に終わった。少年たちを巧みに煽り続けてきた錠前ディーラーのシド(浪岡一喜)が「店じまい」を予感したのは正しかった。
何よりも深刻であるのは、今までダンスやゲームの遊びにおいて殆ど一貫して互いを尊重し共闘してきた葛葉紘汰と呉島光実との間に、乗り越えがたい懸隔のあることが露呈し始めたことだろう。
葛葉紘汰は人を大切にしたいが、呉島光実は他人には関心がないのかもしれない。もちろん全人類を愛せる人間なんかいるはずもなく、葛葉紘汰も、家族や友を愛する程には他人を愛するわけではないだろうが、同時に、他人が困っているのを見て見過ごすことができた例がない。そのことは第一話において繰り返し描かれたし、第十一話では、葛葉紘汰を含めたビートライダーズの「ガキども」を「モルモット」扱いして嘲っていたユグドラシルの調査隊員をも、憤りながらも救出せずにはいられなかった事実によって改めて証明された。
しかるに呉島光実はそうではなかった。戦極ドライバーとロックシードを用いてアーマードライダーに変身することがユグドラシルの研究開発のためのモルモットと化すことであると判明し、アーマードライダーの行動がユグドラシルの監視下に置かれているのかもしれないと危惧されるに至った今、彼は眼前にどんな事態が発生しようともアーマードライダーに変身することは避けるべきであると考えるに至った。たとえ眼前に、ヘルヘイムの森からクラックをくぐって街へ出てきたインベスが街の人々を襲撃する事態が発生しようとも、見て見ぬ振りをするしかないとまで断言したのだ。否、断言したのみか、実際にそのように行動した。そしてそのように冷淡に行動することなんか到底できそうもない葛葉紘汰に対しても、同じ行動を強制しようとして、戦極ドライバーを今直ぐ河に捨てるように要求した。
こんなにも深刻な決裂があるだろうか。両名がクリスマス前までのような関係に復し得るとは想像できない。
だが、呉島光実がこんなにもユグドラシルの監視を恐れるのは何故か。現時点で与えられた材料から判断する限り、その理由は一つ。彼は自身の正体を暴かれるのを恐れているのだ。誰に対してか。誰に対しても恐れていると云うほかない。
先ず一方において、沢芽市の名士であるユグドラシルの重役の令息が街の名もない庶民の子たちであるビートライダーズに混じり、ダンスやインベスゲームに興じたばかりか、アーマードライダーにまでも変身していた事実を、街の富裕層の子たちである学校の同級生にもユグドラシルの幹部連にも家族にも、そして何よりも彼の兄である呉島貴虎(久保田悠来)にも、知られたくないに違いない。世間体の問題もあるかもしれないが、多分、それ以上に、周囲の誰にも知らせてはいない密かな楽しみ、秘密の居場所を守りたいのだろう。将来を約束されたエリートであることの堅苦しさから抜け出して、自由であることを許された隠れ家であるからだ。あるいは案外、兄への対抗心も作用しているのかもしれない。もし彼が将来、兄と同じくユグドラシルに入社し、兄を超える力を獲得したいと考えているなら、今ここで挫折するわけにはゆかないのも当然だろう。
他方において彼は、ユグドラシルの重役の令息であり呉島貴虎の弟である事実を、葛葉紘汰にも、高司舞(志田友美)にも、そしてバロンの駆紋戒斗(小林豊)をはじめアーマードライダーやビートライダーズの誰にも、知られたくはないに違いない。なにしろユグドラシルは街の富裕層ではない若者たちに妙なゲームを流行させて巧妙に人体実験をしてきたのだ。しかもユグドラシルは、その力の恩恵に与っている人々からは感謝されているが、そうではない人々からは反感を買っている。富裕な進学校の同級生からは敬服されるが、ビートライダーズの若者たちの間には多分、敵は少なくないのだろう。ことに駆紋戒斗がユグドラシルを憎んでいることを未だ知らないかもしれない呉島光実も、片想いの相手である高司舞がユグドラシルを憎んでいることは、流石に察知している恐れもある。彼の正体が露見したとき彼の恋は成就しないまま終焉することだろう。
要するに彼がユグドラシルの監視を恐れるのは自身のためでしかない。保身のためであると云ってもよい。もちろん保身を全く考えない人間は、極限状況においてはいないわけでもないが、通常は滅多にいないだろう。だが、目の前で怪物に襲われている人々がいて、その怪物を退治する力が己にある場合、保身を優先するのは通常の判断だろうか。ここにおいて呉島光実は少々常軌を逸していよう。そして彼との対比においてますます葛葉紘汰の熱血、正義感、愛の深さが際立っている。
同じ頃、呉島光実にとっては誠に残念なことに、高司舞と駆紋戒斗は(十二月一日放送の第八話に続いて)再び「思い出」を共有しつつあった。
駆紋戒斗が住宅街の中の広大な空き地にたたずんでいるのを高司舞は見かけて、話しかけた。彼は時々そこに来ているらしい。そこは昔、鎮守の森があった場所で、巨大な御神木があり、御神木を守る神社があった。沢芽の人々の生活を見守り、拠り所となっていた。
文化と信仰の伝統によって形作られる有機社会の核がそこにあった。もし合理主義に基づく無駄削減の名の下にそれを失うことがあれば、人は野獣よりも遥かに野蛮な何者かに堕落するのかもしれない。ところが、ユグドラシルはそこを空き地にしてしまった。幸い、ユグドラシルの強大な経済力によって沢芽市は繁栄し、多くの人々は神社の存在さえも忘れてしまったようだが、悪影響が出ていないとは思えない。少なくともインベスゲームをめぐる人々の熱狂を見る限り、現在の沢芽市に健全な社会があるとは思えない。何か大切なものが失われているのかもしれない。
かつて幼少時から鎮守の森に遊び、神社に親しんでいた駆紋戒斗は、当時、御神木の傍らで祭礼のための巫女の舞の練習に励んでいる少女を見かけて、見惚れていたこともあった。そうした少年時代の淡い片想いの思い出も含めて鎮守の森と御神木は駆紋戒斗にとって大切なものの象徴だった。そしてユグドラシルによって大切な家や仲間たちを奪われた彼は、同じく大切な鎮守の森を奪ったユグドラシルを決して許せなかった。大切なものを奪った奴等への憎しみを新たにするために、彼は時々この空き地へ来ていたのだ。
驚くべきことに、その神社の名は高司神社。高司舞の姓が「高司」であり、高司舞こそが高司神社の神主の娘であること、そして夏祭のために巫女の舞を舞うことを夢見て練習に励んでいた幼女その人だったことを初めて知らされて、駆紋戒斗が驚いていたのは無理もない。駆紋戒斗の片想いの初恋の相手ではなかったろうか。
駆紋戒斗は美しい思い出を、奪われて失われた大切なものの「残骸」と呼んだが、高司舞はそれを、夢を見続ける限り形を変えても生き続ける大切なものの「宝箱」と呼んで、駆紋戒斗に優しく語りかけた。駆紋戒斗は「くだらんな」と云い捨てて去ったが、言葉と思いが届かなかったはずはない。
鎧武とバロンが手を携える日は近いことを感じさせたが、同時に、鎮守の森の御神木とヘルヘイムの森との関係をも思わずにはいない。果実が樹木の生命の結晶であるとすれば樹木は生命そのものであり、森はその繁栄であるのだろう。神聖な森が失われ、奇妙な森が発生したとすれば、両者間に何の因果性もないとは思えない。
このように重要な話が繰り広げられた今年最初のこの第十二話では、その他にも大きな進展があった。駆紋戒斗率いるダンス集団「バロン」はアーマードライダー黒影への変身能力を失った初瀬亮二(白又敦)を下してダンス集団「レイドワイルド」を解散に追い込み、城乃内秀保(松田凌)は初瀬亮二を裏切り、新たな「かませ犬」を求めて鳳蓮・ピエール・アルフォンゾ(吉田メタル)に接近。高司舞の前には、金髪と白い服の謎の少女(志田友美)が現れて、皆と別れて別の街へ出て新たな生活を始める選択肢も今ならあり得ることを告げた。
そしてユグドラシルでは、ヘルヘイムの警備隊員の全員がアーマードライダー黒影のようなアーマードライダーに変身する装備を配備され、呉島貴虎も、予て「プロフェッサー凌馬」こと戦極凌馬(青木玄徳)が研究開発に励んできた新たな武器、「ゲネシス・ドライバー」を得た。