仮面ライダー鎧武第二十三話

平成「仮面ライダー」第十五作「仮面ライダー鎧武」。
第二十三話「いざ出陣!カチドキアームズ!」。
偶然にも、三月二十三日に放送された第二十三話。これは意外に、滅多にないことではないだろうか。しかも第一部「ビートライダーズ編」、第二部「ユグドラシル編」に続く第三部「ヘルヘイム編」でもあり、第三部の第二十三話とも云える。
このような些細な偶然とは関係なく、重要な展開と解明があった。それを生じたのは、葛葉紘汰(佐野岳)の背後にあってその支援をしながら、戦いに駆り立て、その行く末を見届けようとしている謎の男、DJサガラ(山口智充)に他ならなかった。
前回、ユグドラシルの巨大な城「ユグドラシル・タワー」における戦闘で葛葉紘汰に追い詰められた呉島貴虎(久保田悠来)は角居裕也(崎本大海)の行方を明かして葛葉紘汰の精神に大打撃を加えた。これによって葛葉紘汰が戦意を喪失することを期待したからだったし、確かに葛葉紘汰は戦意を喪失して悩んでいた。そこに、高司舞(志田友美)に良く似た金髪と白い服の謎の少女(志田友美)が現れて、葛葉紘汰に助言を与えた。運命に背を向けて戦いから逃げれば永く後悔するだろうが、やがては安らぎを得るだろう。「逃げ出した先にも、道はあるのよ」と。ところが、そこに、入れ替わるようにして現れたDJサガラは、世界で生じつつある事態が何を孕んでいるのかを明かした上で、そこで真に勝ち抜くことを得れば世界を破壊しつつある力を阻止(あるいは破壊?)できるかもしれないと葛葉紘汰に思い込ませた。しかも新たな戦いに駆り立てるために、新たな武器「カチドキアームズ」を授けた。
ここにおいて注目に値することの一つが、DJサガラがフルーツパフェの店「ドルーパーズ」の店内にあった普通の蜜柑を手にして何か力を加えただけで新たな武器を作り出したことだ。ヘルヘイムの森の果実をロックシードに変えるというのはアーマードライダーになれば獲得できる力ではあるが、それよりも何かもっと大きな力を彼が有しているのは間違いない。DJサガラが普通の人間ではなく、人間を超越した何者かであることが判明した。
しかもDJサガラは、あの高司舞に良く似た謎の少女を、その「正体」をも知っていた。その名を「始まりの女」と云うらしい。そしてDJサガラが「一番手間のかかる奴」である葛葉紘汰に目を着け、励まして支援して戦いに駆り立てながら、行方を見届けようとしている理由は、葛葉紘汰が「始まりの女」によって選ばれた人物であることにあった。「始まりの女」に選ばれるということが何を物語るのか。恐らくは「禁断の果実」を掴み得る者の一人であることを物語る。DJサガラは未来を見通す力が己にはないことを述べたが、それは換言すれば、「始まりの女」は未来を見通しているということだろう。DJサガラは未来を見通せないからこそ未来を見届けたいと云うのだ。
しかし「始まりの女」は葛葉紘汰を戦場から逃亡させようとしている。見通された未来において葛葉紘汰には過酷な運命が待ち構えているということだろう。だから「始まりの女」は運命に背を向けることを葛葉紘汰に勧めているが、DJサガラは運命に従って戦わせようとしているのだ。
奇妙な矛盾ではないだろうか。なぜならDJサガラは葛葉紘汰に対して、世界のルールを打破することを勧めているにもかかわらず、現実にはそのことは「運命」という世界のルールに服従することでしかないのだからだ。
世界のルールを破壊するとはどういうことか。葛葉紘汰が真に憎んでいるのはヘルヘイムの森でもなければユグドラシルでもなく、「希望の対価に犠牲を要求するこの世界のルールそのもの」であり、それを破壊するということ。そしてそのために必要な、この世界を支配する力を獲得するということ。そのことをDJサガラは勧めているのだ。
DJサガラの見るところ、ユグドラシルが世界の全人類七十億人中の十億人を救出するために六十億人を犠牲にするしかないと考えているのは「希望の対価に犠牲を要求するこの世界のルール」に屈従する「弱い」連中だからだ。ユグドラシルが人類の大規模な「削減」を仕掛けているのは、ヘルヘイムの侵食を不可避の趨勢と考えているからであって、目的はあくまでも人類の救出であり、決して悪人だからではない。
ヘルヘイムの森と呼ばれている都市の遺跡は、どこからか侵入してきたヘルヘイムの植物の侵食によって単に滅亡したわけではなかった。極一部の者はヘルヘイムの植物を凌駕する力を手に入れ、ヘルヘイムの植物を意の如く操って、世界の支配者と化した。DJサガラはそれを「オーバーロード」と呼んでいる。しかし「オーバーロード」は必ずしも侵略者ではない。なぜなら彼等は人類に興味を持ってはいないから。彼等は「無責任」な支配者であって、ヘルヘイムの森を自在に操り得るにもかかわらず、ヘルヘイムの森が自由に拡大してゆくのを放置しているらしい。
ここにも矛盾がある。ユグドラシルが人類の救出のために人類の大半を滅亡させようとしているように、ヘルヘイムの森を自在に制御し得る力を獲得して世界の支配者となった者はヘルヘイムの森の拡大を全く制御しようともしていない。
実のところ、ユグドラシルが実行しようとしている計画に見られる矛盾は、この「ヘルヘイムの支配者」に関する重大な真相に起因している。
素直に考えるなら、ヘルヘイムの森の侵食という人類の存亡に係わる事態に対処するためには、国民国家の力と国家間の協力こそが必要であり、ユグドラシルは直ちに事態を公表して冷静な対処を呼びかけ、多くの政府や国際機関と連携してゆかなければならないはずだ。しかるにユグドラシルという一つの民間のグローバル企業は、真相を完全に隠蔽し、秘密裏に恐ろしい計画を立て、既に実行しつつある。計画が秘密裏に進められ、ゆえに恐ろしい内容にもならざるを得ないのは、それが国家でもなければ国際機構でもなく一民間企業の事業でしかないからだ。企業は株主の利益のために存在しているのであって、国民のためでもなければ人類のためでもない(というのが今日の「グローバル」な考え方である)からだ。
だが、問題はさらに深刻だった。「ヘルヘイムの支配者」に関する重大な真相を把握しているのは、ユグドラシルの中でも「プロフェッサー凌馬」こと戦極凌馬(青木玄徳)、湊耀子(佃井皆美)、シド(浪岡一喜)、そして彼等の手先にされた駆紋戒斗(小林豊)の四人だけ。最初に真実を察知した戦極凌馬が、それによって己の野望を満たそうと思い付き、ユグドラシルの幹部にも報告せず、秘密にしてしまったのだ。もちろん戦極凌馬は己の野望のためにユグドラシルをどこまでも利用するだけであり、また、利用しなければ野望を達成できない。ユグドラシルの計画を歪んだものにした張本人は戦極凌馬であるに違いない。なぜなら本当に人類を救出したいのであれば、ヘルヘイムの森の侵食を未然に食い止めることができれば充分だからだ。そのための作戦がないわけではないかもしれないことも、先週の第二十二話で示唆された。人類の七分の一を削減する必要なんか全くないのかもしれない。だが、それでは戦極凌馬は困るのだろう。なぜなら彼は「ヘルヘイムの支配者」となって世界を支配したいからだ。「ヘルヘイムの支配者」となるための秘密に彼が到達する頃には世界がヘルヘイムの森に侵食され尽くしてくれることを、彼は望んでいるのだろう。呉島貴虎は己の実行しつつある計画の恐ろしさに内心は怯えて苦悩してもいるようだが、それは実は戦極凌馬に利用されているだけだった。
呉島貴虎は最も信用してはならない人物を信用してしまっている。
弟の呉島光実(高杉真宙)は、流石に、兄が戦極凌馬に騙されて利用されていることを瞬時に見抜いた。兄が何時でも信用してはならない者を最も信用してしまう人物であることをよく知っているからだった。もちろん兄が最も信用してしまっている人物の一人が弟である己であることを、踏まえているに相違ない。呉島光実が信用できない人物であることを、葛葉紘汰は未だ知らないが、視聴者は知っている。
葛葉紘汰がDJサガラから得た新たな武器でユグドラシルに突撃し、黒影トルーパーを撃退し、呉島貴虎と互角に斬り合いながら合間にスカラーシステムの「破壊」に成功したのを見て戦極凌馬と呉島光実が悔しがっていたのは、痛快な場面の乏しい物語の中で数少ない痛快な場面だったのかもしれない。
この物語の妙味の一つは、矛盾の重なり合いにある。葛葉紘汰はアーマードライダー鎧武になり始めた頃、ヘルヘイムの森で遭遇した「白いアーマードライダー」=呉島貴虎から、戦うことの恐ろしさを思い知らされた。当時のビートライダーズはインベスゲームやアーマードライダーを「ゲーム」というルールの体系の中で遊んでいたに過ぎなかったが、呉島貴虎は、真の戦いはルールによって守られてはいないところで行われるものであり、戦いに意味やルールを求めるのは弱い連中に過ぎないと説教した。だが、DJサガラに云わせれば、ユグドラシルこそ、勝手に見出した運命というルールに屈従してその中で可能な道だけを探ろうとした挙句、受け容れ難い戦略を立ててそれにも屈従していて、ルールを変更する可能性を考えようともしない「弱い」奴等だったと云うのだ。