仮面ライダー鎧武第二十四話

平成「仮面ライダー」第十五作「仮面ライダー鎧武」。
第二十四話「新たな強敵 オーバーロード」。
鎧武=葛葉紘汰(佐野岳)は、謎の人物、DJサガラ(山口智充)の示唆の下、人類を救い得る程の力と英知を有しているらしいヘルヘイムの森の支配者「オーバーロード」を探し求め、ついに遭遇して、接触し得た。
探査に使用した武器は、桃のロックシードを用いたジンバーピーチアームズ。これを葛葉紘汰が使用したのは今回が初めてだったが、驚くべきことに、これを使用すると、遠くの声をも聴取することができると判明した。街中の色々な会話も雑音も、呟き声さえも聞こえた。実際、呉島光実(高杉真宙)が街中を歩きながら呟いていた小声を聞き取ることができたが、幸か不幸か、その内容が実は葛葉紘汰に対する不満や嫉妬をも含んでいたということまでは、葛葉紘汰は確り聴いていなかった。葛葉紘汰は呉島光実を信頼し切っていて疑おうともしていないし、遠くにある声を聴き取ることができただけで嬉しくなってしまっていたのだろう。
このようにジンバーピーチアームズには極めて特殊な能力があるが、戦闘力には優れていないらしい。オーバーロードを探査するには丁度よい能力ではあるが、狂暴で強力なオーバーロードからの不意の攻撃に対処するには全く役に立たない。そのようなわけで今回の鎧武=葛葉紘汰は手も足も出ないまま散々な目に遭わされてしまったが、もしカチドキアームズで応戦していたなら、もう少し違った展開もあったのかもしれない。
葛葉紘汰よりも先にオーバーロードに接触していたのは駆紋戒斗(小林豊)だが、接触を図る目的は全く違う。彼は世界を支配する力を欲求しているに過ぎない。彼がそのように考えるに至ったのは、ユグドラシルに寄生する「プロフェッサー凌馬」こと戦極凌馬(青木玄徳)、湊耀子(佃井皆美)、シド(浪岡一喜)の三人に唆されたからではある。しかるに彼は、彼等三人と目的を共有してはいるものの、実は唆されて利用されようとしているに過ぎないことも恐らくは理解していて、その上で、利用されることで利用して、あくまでも己の手法で己の目標へ向かおうとしている。
だから駆紋戒斗は、今後の戦闘に備えるための事前のデータ収集のための接触という限度を超えてまでもオーバーロード相手に本気で立ち向かおうとしていて、湊耀子を困らせていた。
同じことは葛葉紘汰にも云える。彼は呉島光実との会話の中で、オーバーロードの力を借りることができれば世界を救えるかもしれないこと、そのための情報や武器をDJサガラから提供されたことを語ったとき、呉島光実からは「あなた、騙されてるだけじゃないですか?」等と云い返されたが、それに対しては「かもな」と応じて笑みながらも、騙す以上は騙す目的があるはずだからそれを探るだけでも前進できると信じていると述べた。やはり彼も、利用されることで利用する道を考えているのだ。
ここの場面における葛葉紘汰と呉島光実の応酬は、信念で動く者と欲望で動く者との間の度量の差を表していて、なかなかの見所だった。
呉島光実は、かつて学校では優秀な成績を誇ったが、それは学業で優秀な成績を収めてやがてはユグドラシルに就職して幹部の一員にならなければならないという家族の掟に従っていただけのことで、彼自身はそれを窮屈に感じていた。彼はもっと自由な場所を求めて、身分をやつして街の不良少年たちに紛れ、ビートライダーズの一員として活動した。そこで運命の人、高司舞(志田友美)と葛葉紘汰に出会った。束の間の自由を謳歌するため、自由な場所を守るため、ささやかな戦いを続けていた。ところが、奇妙な戦闘の過程で予想外にも対峙することになった兄、呉島貴虎(久保田悠来)から、世界で生じつつある事態の真実を知らされて以降、彼の考えは歪み始めながらも本来の姿を顕わし始めたようだ。人間のささやかな自由を情け容赦なく押し潰してゆくヘルヘイムの森の侵食を前に、採用できる対策は唯一、ユグドラシルの人工削減の計画のみであるとすれば、ユグドラシルの幹部として計画を実行する立場にあることこそが唯一、真の自由を享受できる道だろう。誰が生き残れて誰が生き残れないかを決定できる自由。それは権力に他ならない。かつて自由を欲求していた呉島光実は、今や権力を欲求するに至った。
自由を至上の価値と信じる権力者は、どういうわけか、他人の自由を許したがらない傾向にある場合がある。新自由主義者は皆そうだろう。呉島光実にもその傾向が窺える。葛葉紘汰を守りたいと宣言する彼は、葛葉紘汰の自由を許さない。葛葉紘汰から自由を奪うために、初めは武器を捨てさせようとしたが、どうしても捨てようとしないと見るや、今や精神に打撃を加えて戦意を喪失させようとしている。しかるに、葛葉紘汰は既に幾つもの苦難を乗り越えてきたのだ。全く動じなかったばかりか、もし己が道を誤りそうになっても、必ずや呉島光実が助けてくれると信じていると笑んだ。
この場面の重要性は、今の呉島光実の卑劣な裏面に比して今の葛葉紘汰に充溢する頼もしさを見せ付けた面にもあるが、同時に、呉島光実がオーバーロードの存在を知った点にもある。呉島光実は知らなかったのだ。葛葉紘汰のカチドキアームズを呉島光実も戦極凌馬さえも知らなかったように、オーバーロードも、戦極凌馬は知っているが、呉島光実は知らなかった。
こうした局面でこそ呉島光実の卑屈な知力は輝く。なぜなら卑屈な権力者は己の知らない真実の存在を許せないからだ。
彼は直ちにユグドラシルへ赴いて、呉島貴虎とともに戦極凌馬、湊耀子、シドを招集し、葛葉紘汰から知り得た事実を報告した。葛葉紘汰を様々な局面で支援し続け、新たに強力な武器までも提供したのはDJサガラであること。そしてヘルヘイムの森にはインベスとは別に、ユグドラシルさえも知らない新たな生物がいること。
この報告の内容に、呉島貴虎は信じ難い様子だった。なぜならDJサガラは、戦極凌馬の言を借りれば単なる「ネットアイドル」、呉島貴虎から見ればあくまでも「部外者」だからだ。戦極凌馬も知らないような武器を創り得る能力があるはずもなく、ユグドラシル内部を動き回れるはずもないと云うのだ。このことから判明するのは、DJサガラはもともとユグドラシルとは全く関係ないところで活躍して名を上げていたということだ。「ネットアイドル」としての影響力を買われて、ユグドラシルの「情報統制」のための要員として雇われただけだったようだ。ところが、DJサガラは雇われて活動しながらも、「情報統制」業務から逸脱した活動をも展開していた。実はDJサガラもまた、利用されることで利用していたということだろう。
そして視聴者のみが知るように、DJサガラは既にオーバーロードとも関係を持っていたようだ。今やDJサガラは物語の最重要人物に浮上してきたと云える。
DJサガラに関する報告よりも重要な報告は、もちろん、オーバーロードに関することで、呉島光実の真の狙いもそこにあったろう。己の知らないことを知っている者は誰であるのかを知りたかったのだ。案の定と云うべきか、呉島貴虎はそんな生物の存在を全く知らなかった。兄の相変わらず愚鈍な様子に、弟は安心したことだろう。他方、戦極凌馬、湊耀子、シドが動揺していたのを、呉島光実は見逃さなかった。
戦極凌馬は呉島光実と似ている。両名とも、己の知らないことがあるという状態に耐えられないらしいからだ。呉島光実がDJサガラの謎やオーバーロードの存在を知って動揺したように、戦極凌馬も、カチドキアームズを生成したDJサガラの謎の力の存在を知って動揺し、同時に己等の陰謀が露見するかもしれない事態に怯えた。かつて戦極凌馬があんなにも悠然と構えていたのは、誰も知らないことを己が知っていることの優越感の表れでしかなかったようだ。
その優越性が脅かされ始めた今、戦極凌馬は、DJサガラの謎の支援を得て心身ともに余りにも強くなり過ぎた葛葉紘汰を早めに抹殺しておかなければ己の身が危ないと考え、刺客としてシドを放った。シドは取って置きの最終兵器を用いて葛葉紘汰を抹殺しようとしたが、生憎、カチドキアームズの鎧武の前には歯が立たなかった。あの勢いでシドを抹殺することもできたはずだが、もちろん葛葉紘汰は止めを刺そうともしなかった。シドは葛葉紘汰を抹殺しようとしていたが、葛葉紘汰はシドを抹殺しようとはしていない。それどころか今や葛葉紘汰はシドなんか相手にもしていない。