仮面ライダー鎧武第二十八話

平成「仮面ライダー」第十五作「仮面ライダー鎧武」。
第二十八話「裏切りの斬月」。
前回の話の最後では、鎧武=葛葉紘汰(佐野岳)と斬月=呉島貴虎(久保田悠来)が、ヘルヘイムの森に潜んでいる人類救済の可能性について、希望を分かち合うに至った。物語の当初から単純な敵対関係とは言い難い奇妙に深い関係を結んできた両名が、ついに志を同じくするに至ったのだ。これは視聴者の待望していた展開だったに相違ないが、実のところ最も喜んだのは当事者だった。
葛葉紘汰は、「チーム鎧武」の集会所へ駆け戻って、高司舞(志田友美)やザック(松田岳)やペコ(百瀬朔)等にこのことを報告し、希望が漸く見えてきた喜びを共有していた。呉島貴虎もまた、ユグドラシル・タワー内の会議室で「プロフェッサー凌馬」こと戦極凌馬(青木玄徳)や湊耀子(佃井皆美)、シド(浪岡一喜)等に、葛葉紘汰から聴取した新事実を報告し、葛葉紘汰が今や仲間であることをさえも宣言した。それどころか、呉島貴虎は弟の呉島光実(高杉真宙)を相手に、弟の友である葛葉紘汰の素晴らしさを語り、彼に対する弟の好意を今は深く理解できるようになったことの喜びをさえも表現していた。弟を溺愛する呉島貴虎は、弟の一番の友が己の一番の友になるのかもしれないことを喜んでいるようでもあった。
ところが、呉島光実は今や葛葉紘汰を友とは思っていはいなかった。
もともと私利私欲のためにユグドラシルに寄生してきただけの戦極凌馬、湊耀子、シドの場合は、己等の計略を妨害することにしかならない葛葉紘汰の動きに呉島貴虎が同調することになるのを強く警戒するのは必然であるし、己等の利権を守るために呉島貴虎の抹殺を、殺害を、本気で企てるのも自然だろう。
しかるに呉島光実が兄の抹殺を黙認し、傍観し、利用したのは何故か。権力欲に囚われた彼がユグドラシルのアーク計画に魅力を感じているとしても、それは決して意外なことではない。しかし彼にとって最も重要なことは多分、葛葉紘汰を抹殺するためには兄を犠牲にするしかないと思われた点だったのではないのだろうか。兄と葛葉紘汰が意気投合すれば葛葉紘汰の立場が強くなって己の立場が弱くなるし、己の今までの悪事が露見するかもしれない。さらに云えば、己の片想いの相手である高司舞に続いて己の実の兄までも、葛葉紘汰に魅了されている状況それ自体を、耐え難いと感じたのかもしれない。同時に、もし兄を助けようと思うなら兄を抹殺しようとしている三人組に立ち向かわなければならないはずだが、そうなれば己も兄と同じように抹殺される恐れがあった以上、己の保身のためには兄の抹殺を黙認するしかないと考えていたのかもしれない。そもそも呉島光実は今まで保身のために散々悪事を働いてきたのだ。兄を見殺しにしたとしても不自然ではない。
しかも、三人組による兄の抹殺を黙認したことで、彼は重要な副産物を得た。兄の武器を入手できたのだ。それを用いてアーマードライダー斬月・真に変身して葛葉紘汰に嫌がらせをすれば、葛葉紘汰は、信頼する相手に裏切られたと思い込んで、深く絶望するに相違ない。葛葉紘汰の心身の活力を喪失させる最も有効な方法であり得る。ヘルヘイムの森で兄が三人組によって谷底へ突き落されたのを目の当たりにして一瞬は涙を流した呉島光実が、次の瞬間には平然と兄の遺した武器を拾い上げ、邪悪な表情を浮かべていたのは、葛葉紘汰を苦しめる新たな作戦を思い付くことができたからであるに相違ない。
実際、呉島光実は兄になり済まして葛葉紘汰に攻撃を仕掛けたが、この陰謀を阻止したのはバロン=駆紋戒斗(小林豊)だった。駆紋戒斗は葛葉紘汰を、強者であり、ライヴァルであって、邪魔者ではあっても敵ではないと認めているのに対し、どこまでも卑怯な呉島光実を今や明確に敵であると見定めている。そして呉島光実が卑怯な手を使って葛葉紘汰を抹殺しようとしていることを既に知っている。だから葛葉紘汰が騙されようとしているとき直ぐにその真相を見破って、救出に向かうことができた。
このように見てくると、葛葉紘汰が友にもライヴァルにも家族にも恵まれているのに比較して、呉島貴虎は部下にも弟にも恵まれていない。
ところで、葛葉紘汰の唯一の肉親である姉の葛葉晶(泉里香)は今回、生活が苦しくなっていることを図らずも明かした。かつては生活に困らない程度の収入があることを自信満々語っていたが、どういうわけか状況が変転したらしい。どういうわけか。大した意味はないのかもしれない。なぜならこの突然の生活苦に驚いて、姉を助けるために葛葉紘汰は再びアルバイト探しに精出し始めたからだ。結果として、行き付けのフルーツパフェの店「ドルーパーズ」に、店長の阪東清治郎(弓削智久)の厚意で雇用されることになったが、そのことがさらに、呉島光実の罠にかかると同時に、駆紋戒斗に救助されることにも繋がった。要するに、物語を動かしてゆくための一つの作用因として生活苦が出てきただけであるのかもしれないと考えられる。
だが、深く読んでみる余地もなくはない。葛葉晶は確かユグドラシル関連の会社に勤務していたはずだ。そうであれば葛葉家の生活苦は呉島光実によって引き起こされた可能性も、考えられないわけではない。もっと云えば、阪東清治郎の店もユグドラシルの支援を得て開店したのではなかったか。嗚呼、恐ろしいことだ。
ともあれ、閉塞状況を打破するかもしれない変化の発生を、忘れてはならない。三人組の一人であるシドが、戦極凌馬と湊耀子を裏切ったのだ。シドの見るところ最も厄介な邪魔者は呉島貴虎だったわけで、この強敵を上手いこと三人で葬り去ることに成功した今、もはや三人で一緒に行動し続けなければならない理由はなくなったのだ。ユグドラシル・タワーの中枢の、研究所の中央に安置された沢芽の鎮守の森の高司神社の御神木に開いた巨大なクラックを破壊して閉ざし、一人だけクラックの向こう側へ去った。これは何を惹起するのだろうか。