春日城下の野原一家

映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」。頂戴していたDVDで漸く視聴したが、予想以上の超大作だった。パソコン画面で見ても迫力があるが、劇場の大画面で見ていたら圧倒されていたろう。合戦における戦闘行動にしても、城下の人々の生活にしても、実に丁寧に描写されていたし、何よりも春日城の廉姫の所作が一々凛として優雅だった。時代劇の正統を継ぐ作ではないかと思われた。
鉄製の奇妙な車を乗り回す野原一家の勇猛な快進撃の場面では、それに戦慄し、警戒し、応戦しつつも逃げ惑う大蔵井の軍の見事な崩れ様と、それに乗じた井尻又兵衛(「おまたのおじさん」)率いる春日の軍との対比が壮大なスケールで描かれていた。野原一家は全員が只者ではない。
野原信之介の春日部に対する想いと又兵衛の春日に対する想いは一致していたが、又兵衛の想いが廉姫に対する想いとも重なり合っていたのに対し、四百二十年後から来た信之介の想いは、四人の友の先祖たちとの遭遇を通じて、今と昔が繋がっているのを実感したことによって支えられているように思われる。彼が見ていた四百二十年前の世界は、作り物でもなければ異世界でもなく、今に通じている。春日城下は春日部の町に他ならない。そのことの実感は、今とは全く様子の異なった城下の町における人々の暮らし、特に子供たちの遊びを見ることで得られる。そう考えるなら、城下や城内や戦場の丁寧な描写は、信之介の視覚そのものであるとも云える。
それにしても又兵衛を撃ったのは誰だろうか。忠臣の仁右衛門は周囲に裏切り者が出たのかと疑っていたが、確かに、事件が発生したとき既に春日城へ間もなく帰り着こうとしていた地点にあった以上、遥か後方の敵陣から来た弾であるとは信じ難い。
しかし多分、真相は又兵衛が自ら感じた通りのことではなかったろうか。青空侍の又兵衛が幼い勇者、信之介と初めて出会ったのは、敵軍の狼藉を退けるべく春日の軍を率いていたときのことだった。敵軍から狙撃されようとしていた又兵衛は、信之介の大胆不敵の行動によって救われた。それは又兵衛にとっても信之介にとっても天命だったに相違ない。難を逃れ、数日間を生き延びたことによって、廉姫と春日城下の人々を守り得た。信之介が四百二十年の歳月を超えて来たのと同じように、あの弾丸もまた、数日間の時日を待っていたのではなかったろうか。