旅行記二/琵琶湖逍遥

旅行記二。
朝七時までには起きる予定だったが、起きたとき既に七時半。直ぐにホテル一階の食堂へ行き、急ぎ朝食。八時半、ホテルから外出。生憎の雨、しかも大学入学試験までも重なった所為で駅前のタクシー乗車口にタクシーが見当たらず、目的地へ行けないかと心配したが、予定よりも四分間遅れて何とか今日の仕事場へ到着。直ぐに仕事を開始。夜までは終わらないかと危惧されていたにもかかわらず極めて早く終わり、夕方四時十分までには退出。バスで駅前まで戻った。
時間の余裕が生じたので、鈍行で大津駅へ。昨年末から蒐集し始めている御当地ジバニャンのメダルのキーホルダー類を買いたかったからだが、残念なことに大津駅には土産物店はなかった。仕方ないので、大津駅から徒歩で琵琶湖へ。
今まで近江には幾度か来ていたが、琵琶湖を眺め得ていたのは、石山駅付近を通過する電車の窓や、ホテルの宿泊室内の窓を通じてのことだった。今日、ようやく直に琵琶湖の景色を眺め得た。雨中に曇る風情も素晴らしかった。歌聖の人丸(柿本人麻呂)の「淡海の海夕波千鳥汝がなけば心もしのに古思ほゆ」を想起するしかない。湖畔を少し歩き、琵琶湖文化館前を過ぎ、琵琶湖ホール前まで至った。文化館とホールの間にある打出の森というのは『平家物語』に語られる木曽義仲の討死の場所となった打出の浜のことだろうか。なるほど、勢田(瀬田)で敗退した今井四郎兼平と、京から逃亡してきた木曽義仲が無事に合流し、巴御前が戦線を離脱したのがこの辺だったのか。
ここまで来る途上、大津駅前の道路の中央に銅像があり、湖畔にも名誉市長の銅像があったのをはじめ道中の様々な場所に彫刻があったが、既に暗くて充分には見る余裕がなく、急ぎ駅前へ戻った。駅の脇に大きな店があったので、ここに土産物店はないかと期待したが、なかった。大津駅から瀬田駅へ。暫し歩き、和食のファミリーレストランで夕食を摂ったのち、ホテルへ帰着したのは夜八時頃。