旅行記/ひろしま美術館の毛利博物館展/広島城

休日。朝九時半頃に外出。道後温泉駅前からバスに乗車して松山観光港へ。高速船の往復券を購入し、広島港へ渡った。船上では完全に寝ていた。広島港から電車で紙屋町東まで移動し、地下道を抜けて、「ひろしま美術館」へ。今月三十一日まで開催されている「毛利博物館所蔵 毛利家の国宝・至宝展 国宝・雪舟筆「山水長巻」と大名文化でみる日本伝統美の世界」を鑑賞。
この展覧会の一番の見所は無論、雪舟筆「四季山水図」一巻(山水長巻、国宝)の全巻展示だが、さらに凄いのは伝雲谷等顔筆の山水長巻(国宝)も一緒に全巻展示されていて、比較しながら鑑賞できること。しかも狩野古信筆の山水長巻も全巻展示されていて、江戸狩野派における雪舟理解も併せて考えることができる。三点を比較してみるに、雪舟派としての雲谷派が雪舟風をよく学び、雪舟風の表現を誇示するかのように描いた結果、雪舟本人よりも雪舟風になってしまっているのに対し、狩野古信は江戸狩野派瀟洒淡泊な筆致を用いながらも雪舟自身の表現を正確に観察していて、むしろ雪舟に近付いていると見受けた。
例えば、雪舟自身の作では枯れて軽やかな筆致を用いている箇所が、雲谷派の作では潤いのある筆致に変えられているのに対し、狩野古信の作では枯れて軽やかな筆致で確り再現されている。雪舟派は雪舟よりも雪舟風であるということだろう。もう一つ興味深いのは、湖上の舟の上に掲げられた小さな幟の表現の違い。画巻の前半と後半にそれぞれ似た表現が出てくるが、前半の分に関して雲谷派は意味を理解できていなかったのではないか。多分、舟を漕ぐ人か何かを簡略に描いているのではないか等と勘違いしつつ、曖昧な表現で誤魔化したのではないだろうか。ところが、後半の分に関しては意味を理解できたようで、それをもっと幟らしい幟の形へ思い切り書き換えてみせている。だからこの部分に関しては雪舟の絵と雲谷派の絵が大きく異なっている。対するに狩野古信は原本の表現の意味を前半でも後半でも常に正確に理解できていたようで、正確に模写している。そもそも江戸狩野派というのは雪舟風の再生でもあったわけだが、それが意外に真面目なものだったことをこのように意外なところで再認識できた。
他にも頼山陽、谷文晁、田能村直入、長澤芦雪円山応挙狩野芳崖等の名品を見ることができたが、特に見入ったのは、住吉広行筆「舞楽図」と伝土佐光起筆「洛中洛外図屏風」。有名な毛利元就肖像画重要文化財)や毛利元就の三本の矢の文書「三子教訓状」(重要文化財)も出ていた。毛利隆元の絵も上手かった。
見終えたあと、所蔵品の展示も鑑賞。フランス近代絵画、彫刻、日本洋画、日本画の展示。日本画の展示では竹内栖鳳の名品をはじめ、上村松園村上華岳、入江波光、土田麦僊の見事な作品が多数並んでいた。
毛利博物館関係の図録を多数購入して、館を出たのは昼二時半頃だったろう。北村西望の巨大な観音像を眺めたあと、広島城へ移動。公園に坐して、松山観光港の売店で買っておいたアンパンで遅い昼食。二の丸を抜けて本丸へ行き、天守閣へ登った。城内の歴史資料展示も眺めながら最上階へ達し、景観を眺望。降りて、売店で買物。広島護国神社の脇にある売店では、地場ジバニャンのメダルのキーホルダーを収集。護国神社にも参詣。他の参詣者は外国人の他は若い人だった。
広島城を出て、紙屋町東の電車停留所で乗車し、電車で広島港へ移動。大して待ち時間もなく上手い具合に乗船し得た。船上では完全に寝ていた。松山観光港へ着くや直ぐにバスに乗車して道後まで戻り、大型食料品店に寄って帰宅。本日収集した地場ジバニャンのグッズを透明の箱に収納した。「妖怪ウォッチご当地学習帳」のデザインが素晴らしい。安芸の宮島に紅葉の散る中、紅葉饅頭を食べるジバニャン、シャモジを打ち鳴らすウィスパー、牡蠣を焼くメラメライオン、鹿に乗るコマさん、そして鳥居まで舟を漕ぐノガッパ。