新居浜行

出勤。報告書を完成させたあと、新規事業案を発議する準備も完了したところで午前の終わり。そこで午後から休暇を取って、そのまま市内電車でJR松山駅へ行き、二時二十三分発の特急列車で新居浜駅へ。
新居浜駅前に先月華々しく開館した新居浜市総合文化施設「あかがねミュージアム」を見学した。
県庁所在地である松山よりも実は豊かであるのが新居浜と西条と川之江(四国中央)。新居浜の豊かさの源泉は(もともとは塩業でも栄えた町だったらしいが、一般に知られるところでは)住友家の別子銅山住友財閥企業城下町であることに他ならない。そして豊かな生活を享受し得る町には、先進の文化も入ってくる。そのような歴史を踏まえながら、街づくりの拠点として構想され、実現を見たのが「あかがねミュージアム」であり、「あかがね」の名は別子銅山の銅に因んでいる。建物の表面には鉱石が積まれ、銅板が貼り回らされ、まさしく赤銅色に輝いているが、今後、風雨にさらされてゆく内に綺麗に錆びて、味わいある青銅の城となることだろう。
玄関前の、広々としたロータリーの下には古代ギリシアの円形劇場のような野外劇場があり、そこの舞台の背面はガラス面になっていて、内部の地下一階の空間に繋がっている。中へ入れば、広々とした玄関ホールの中央にも少し大きめの円形劇場があって、今日はそこでコンサートを開催していた。なるほど、この円形劇場の底面にある舞台の背後がそのまま地下一階の空間に通じていて、そこには広々とした喫茶店があり、店内に外光をもたらしている窓が、先の野外劇場に通じているのか。しかも、地下一階の空間にはさらに下へ降りる階段があり、そこには赤銅色に輝く重厚な扉があって、その奥に大劇場があるらしい。大劇場が玄関ホールの左手に位置しているのに対し、右手にあるのは太鼓台ミュージアム。新居浜市内各町の現役の太鼓台が交代で展示されるそうで、新居浜太鼓祭の期間中に展示される太鼓台は、この太鼓台ミュージアムの搬出入口から出動することになる模様。これも凄い話。館内で上映される太鼓台の映像を手掛けたのは、施設全体の運営にも助言を与えている鴻上尚史。玄関ホールの巨大壁面に映写されている観光案内映像には水樹奈々が出演。両名とも新居浜出身者。
館内の各所には二階へ上がる階段があり、二階には二つの展示室と、一つの市民ギャラリー。観察した限りで指摘するなら、三室には共通する面と、それぞれ異なる面がある。天井に照明用のレールが格子状に回らされ、LED照明が使用されていること、室そのものを作る固定された壁面には絵画を吊るためのレールが設けられていることは三室共通の仕様。各室に固有の仕様としては、市民ギャラリーと展示室一では可動式の壁面が天井のレールから吊るされ、そのためのレールが照明用のレールと交互に設けられているのに対し、展示室二では分厚い箱型の壁面を床に固定するようになっているらしいこと、市民ギャラリーの壁面では、絵画を吊るためのレールが、天井に近い側にあるだけではなく、高さ二メートル位の位置にもあって、市民にも使いやすくなっていること、展示室一の一部には展示ケースが設けられていること等。
現在、市民ギャラリーと展示室一では「美術館から総合文化施設へ 40年の歩み」展、展示室二では「寺坂公雄展」を開催している。後者は本日で終了したが、真に見応えがあるのは前者。これを見れば、美術館を含めた文化施設の建設が四十年前どころか明治、大正の頃から待望されてきたこと、そのための文化インフラストラクチャーとでも云うべきものは京都文化圏との繋がりの中で確り成熟してきていたこと、しかも、四十年間の建設準備期間の中で、美術品の収集と展示、美術イヴェント開催を積み重ねてきただけではなく、施設がどのような機能を持ったどのような形になるべきであるかの議論を続けてゆく中で、構想は街づくりの計画にまで及んでいたことが判る。ついには駅の周辺に市民の憩いの場所となる森を作り、公園を作り、文化施設だけではなく商業施設や居住空間をも隣接させることで街の力を集約し強化する都市計画をも早くに生み出していた。現今、国土強靭化構想の(政府機能の分散化とともに)第二の側面として公共インフラストラクチャーで相互に連結される「コンパクトシティ」という考え方が話題になっているが、新居浜市の総合文化施設整備計画はそれを先取りしていたらしい。
展示室一には新収蔵品の数々が展示されていたが、その素晴らしさにも圧倒された。黒田清輝鹿子木孟郎、中川八郎、橋本明治等の傑作が並んでいた。黒田と鹿子木は住友家の庇護を受けていたから、なるほど新居浜に所縁がある。武田耕雪が四阪島を描いた絵が収蔵されていたことにも驚いた。住友からの寄贈である由。今年の一月末だったか、同じく耕雪が描いた四阪島の絵が西条市内の市之川で発見されたことが話題になっていたが、それが極度に横長の絵だったのに対して、住友旧蔵のこの絵はもう少し程よい寸法の絵。同じ画題で複数制作していたことが判る。実に興味深い。
夕方六時半頃に館を出て、暫し駅前を散策。大型食料品店に寄ってみたが、店内のパン店では早くも売り切れ状態。かなり繁盛している様子だった。店の横にある駅前の公園には時々霧を噴き上げる面白い噴水があり、公園で遊んでいる子供や若者が霧の中に入って手や顔を洗っていた。夏には丁度よい。七時十六分に出立して、帰宅したのは夜九時頃。「仮面ライダードライブ」第四十四話を見たあと眠くなり、起きたのは翌朝八時半頃。ゆえに八月三十一日昼十二時五分に記之。