南大街道のシネマルナティック湊町で映画ICH und KAMINSKIを鑑賞

 午後四時頃に外出。市内電車で大街道まで行き、松山中央郵便局で荷物二つを受け取ったあと、南大街道にあるシネマルナティック湊町へ。松山市内唯一のアート系映画館と云われる小さな映画館。大衆演劇の劇場「松山劇場」のための建物「マツゲキビル」の二階にある。
 かつて松山の南に住んでいた時期には毎日その前を歩いていていたから、大衆演劇の派手な劇場があってそこに映画館も同居しているらしいことを微かには認識していたが、そもそも映画館に通う習慣を持ち合わせていないから、そこに来たことが一度もなかったのは無論のこと、その存在を確と認識しようともしていなかった。
 上映開始時刻の一時間も前であるから直ぐに入館する意はなかったが、先ずは階段を上がり、入口の前に行ってみた。なかなか昔懐かしい映画館のような風情がある空間が見えた。
 ともかくも四十分後にここに戻ってくることにして、周辺を散歩。中の川通を歩けば、車道の中央分離帯には石碑が幾つか。しかし中央分離帯にあるから近寄れない。正岡子規の母堂と令妹の住居址は、石碑の文字が大きめであるから読めた。正岡子規旧邸址は、「坂の上の雲」に絡めた説明板が歩道に設けられているので問題ない。もう一つは、何であるのか判らなかった。
 こうして、いつの間にか夕方五時四十分頃になっていたのでシネマルナティックへ戻り、券を購入。パンフレットも購入。館内の自動販売機で水を買って、開場時刻まで待機。
 夕方六時から、映画「僕とカミンスキーの旅 ICH und KAMINSKI」を鑑賞した。字幕版。
 監督も脚本もともにヴォルフガング・ベッカー。映画には通じていないので俳優たちの顔も名も知らないが、実に良かった。特に老画家の元恋人テレーゼの、現在の夫の前で見せていた穏やかな、しかし呆けたような顔と、現在の夫を去らせたあとに急に表出した知性と情熱に満ちた顔との間の、微妙でありながら明確でもある対比が素晴らしかった。演じていたのは喜劇王チャップリンの娘であるのか。確かに顔が瓜二つ。
 主人公ツェルナーは既に引退して歴史上の人物と化してしまった老巨匠カミンスキーとの旅を通して、まるで達磨の弟子のように悟ってしまったが、そうなると、もはや魑魅魍魎蠢く美術業界、ジャーナリズム業界には戻りようもないに相違ない。あの美術業界、美術ジャーナリズム業界の訳の分からなさ加減の表現は面白かった。老画家の元恋人テレーゼの現在の夫は無教養な男で、新聞もスポーツ欄しか読まず、ゆえに高名なカミンスキーの名も知らなかったが、反面、美術業界の毒々しい人間関係からは無縁であり、その点では健全でもある。かつて美術業界で才能を開花させる直前のカミンスキーの前から去ったテレーゼが今そこに安住しているのはその点では不可解ではない。テレーゼの現在に幻滅したカミンスキー自身さえも、山奥に隠遁してしまっているのみか、自身の名で儲けるため自身の過去を型に押し込もうとしている娘ミリアムに対して不信感を抱いている。
 ところで、ツェルナーの元恋人エルケは日本映画を愛好する日本趣味の持主で、その邸宅の洒落た広間には、墨書の小さな額の連作とともに、ダチョウを描いた墨画の大作が数幅の掛軸にされて壁面を飾っていた。現在活躍中の日本画家、福井江太郎のダチョウ画に他ならない。実は今回、突然この映画を観ることにしたのは、福井江太郎のダチョウが度々登場するこの作品が松山でもシネマルナティックで上映されていることを教示してくださった方があったから。ドイツで公開制作した画であるそうで、それがこのドイツ映画で使用されたということであるらしい。
 なお、本編の上映前に流れた予告編の中では、ウィーン美術史美術館の裏側を描く作品が面白そうだった。それもシネマルナティックで上映されるようであるから、また観に来なければならない。
 鑑賞を終えたのは夜八時十分。昔懐かしさに満ちて魅力ある小さな映画館シネマルナティックを出て大街道を歩き、電車で道後まで戻った。