橋田壽賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり三時間特別版

 橋田寿賀子脚本によるテレヴィドラマ「橋田壽賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり」三時間スペシャル。
 前回が昨年九月十八日、十九日の二夜連続特別企画だったから、丁度一年前か。前回は激動の連続だったが、今回はその後の一年間にあったらしい激変を一つ一つ回収しながら今後のための布石に徹した感がある。しかし目立ったのは「老い」の問題。劇中では主要な人も脇役の人も次々徐々に引退したり逝去したりしているが、現実にも、小島五月役の泉ピン子が台詞をまともに云えなくなってきているし、青山タキ役の野村昭子でさえ一年前まで健在だった活力をやや欠いているようだった。反比例して、料亭「おかくら」では本間日向子(大谷玲凪)が貫禄を見せ始めていた。しかし本間日向子が主人を務め得るのは後見人の青山タキの力であるのは明白であり、劇中の人々皆がその力を明言し始めたのは今回の面白さの一つではあった。
 色々あった変化の中で最も驚かされた激変は、野田弥生(長山藍子)が孫の野田勇気(渡邉奏人)とともに築き上げ、次第に拡張させ、無限に増殖させ続けるかとさえ見えていたあの最強にクレイジーな大家族が、一挙に自然消滅していたということ。原因は、野田勇気と野田良武(吉田理恩)が高等学校へ進学して部活動に夢中になり始め、それまでの交友関係を解消したことにあった。呆気ない。血縁のない者で身を寄せ合って生きる無限増殖の大家族というクレイジーな状況が野田弥生のような上品な人によって引き起こされるという面白さは近年の「渡る世間は鬼ばかり」世界における最強の見所だったので、それが終焉したのは悲しい…と思っていたら、流石、「受領は倒るる所に土を掴め」とでも云わんばかりに、転んでも徒では起きない野田弥生は今までは子どもたちを集めて大家族を拵えてきたが、今後は同世代の高齢者を集めてしまうらしい。しかもそのために、高齢者たちの集会所をなす珈琲店を、珈琲の淹れ方も良くは知らないままに開店しようと企て、料亭「おかくら」株主としての配当金を全て投じようとしている。これは今後が楽しみな展開であるのかもしれない。
 もう一つの激変は、曙オヤジバンドの活動休止。原因は川上哲也井之上隆志)の急逝。一年前にはあんなに元気だったのに。劇中でも数日前までは元気だったらしい。今回のドラマの冒頭は、その葬儀のあと、喪服を着た小島五月と小島勇(角野卓造)、田口誠(村田雄浩)がラーメン店「幸楽」へ戻ってくる場面から始まったが、それは「渡る世間は鬼ばかり」には稀なドラマティクな映像だった。
 とはいえ、野田弥生のクレイジーな大家族の自然消滅の悲しさに比して、親父バンドの解散は問題なし…というのが正直な感想ではあったが、幸か不幸か、亡き川上哲也の妻、川上華江(天童よしみ)が夫の遺志を継いで親父バンド加入を決意。まさかの天童よしみ加入で復活。当然ながら天童よしみの歌が異次元に上手過ぎて親父バンドのレヴェルを一気に上げてしまった。この調子では親父バンドが空前の活性化を見るようになるのかもしれないと予想されて、何だか残念ではある。
 その他にも色々事件はあったが、この一話の中で無事解決。「ながくはん」こと本間長子(藤田朋子)は毎回同じ過ちを繰り返し、同じ悟りを繰り返している。同じく野田弥生も何度も似たような心変わりを繰り返している。そう考えると、本間長子とはよく似た姉妹。岡倉文子(中田喜子)と大原葉子(野村真美)に至っては、もはや何の事件にも見舞われなかったが、今まで散々無茶な事件を繰り返して現状にたどり着いたのであるから無理もない。
 小島家ラーメン店「幸楽」の関連でも、山下久子(沢田雅美)が、登場しただけで空気を一変させる程の凄まじい存在感を誇示したとはいえ今回は何の事件も起こさなかったが、今まで散々無茶をしてきたのであるから今さら無茶をするわけにはゆかないのだろう。
 事件を起こしたのは小島眞(えなりかずき)と妻の小島貴子(清水由紀)だったわけだが、意外に盛り上がらなかった。むしろ「幸楽」に新人の店員としてタッキ―こと滝本(湯浅景介)が臨時雇用されたことの方が大きな変化だったろうか。そして二つの事件が交錯した場面があったのが面白かった。小島貴子が家出してしまい、小島眞が働きながらの子育ての難しさに途方に暮れていたので、今や「幸楽」の真の女将となった田口愛(吉村涼)が弟のためにその子育てを引き受けたが、その田口愛が久し振りに美容店に行くことにした間、タッキーと小島五月が公園で子守をしていたのを、流浪の小島貴子が目撃してしまったのだ。公園で姑と新人タッキーのあんな場面を目撃してしまっては、小島貴子には家出を解消できる道理はなかったろう。…と思っていたら、あっさり解消してしまった。
 ロケが多かったのも今回の新鮮な点だったが、もっと新鮮だったのは、悪人が善人に転じた点。今まで悪役の鬼役だった本間由紀(小林綾子)が今回は正義の鬼役だった。「鬼」の二義性を活かしてみせた橋田壽賀子の筆力を見るのみ。かつて本間常子(京唄子)は嫁の本間長子を「ながくはん」又は「なあくはん」と呼んだが、娘の本間由紀も母と同じく「なあくさん」と呼んでいるのが素晴らしい(…と思ったが、録画しておいたのを見直してみるに、むしろ「なあこさん」だったろうか)。本間常子も逝去したことが明かされた。
 今回一番の仏だったのは前回まで鬼役だった田口愛。今まで散々嫌な言動を演じさせられてきたのに。代わって小島五月が嫌な姑に徹して、云わば関係が正常化した感があった。橋田壽賀子に何か心境の変化でもあったのだろうか。
 結局、岡倉家五人姉妹の海外慰安旅行と、石坂浩二ナレーションと天童よしみ熱唱(羽田健太郎作曲)で話は締められたが、忘れない内に記しておきたいのは、野田弥生というよりは長山藍子の「ラーメンと餃子」という発音が巻き舌かと思う程に妙に粘り強くて素敵だったこと。
 あらためて録画しておいたのを再視聴してみるに、見ていて何か物足りないと感じたのは、21世紀の石原裕次郎こと徳重聡が出ていなかったからか。このドラマのイケメン枠は長谷川純とともに長谷部先輩こと丹羽貞仁が独占か(長谷部先輩がイケメンであるとは思えないが、このドラマでは多分イケメン扱いだろう)。
 突然登場した新人タッキー滝本を演じた湯浅景介は、清水由紀と同じくオスカーの人か。このドラマは意外な人を脇役で出演させる。二〇〇八年六月十二日の第九部第十一話には大人気声優の小野賢章が出ていた。しかも若い男子二人で同居中という謎のBL設定で。