マイボス・マイヒーロー第四話

日本テレビ系。土曜ドラママイ★ボス マイ★ヒーロー」。
脚本:大森美香。原案:「頭師父一體」。音楽:高見優。主題歌:TOKIO「宙船(そらふね)」(ユニバーサル・ミュージック)[作詞&作曲:中島みゆき]。企画協力:明石竜二(ミレニアム・ピクチャーズ)。制作協力:トータルメディアコミュニケーション[TMC]。協力プロデューサー:小泉守&下山潤(TMC)。プロデューサー:河野英裕山本由緒日本テレビ)&山内章弘&佐藤毅(東宝)。企画:東宝。演出:佐藤東弥。第四話。
先週の第三話から始まっていた榊真喜男(長瀬智也)の胸の痛み。胸の中に小人がいて、樵と化して斧で胸を打っているかのような激痛。この苦しみの意味は何であるのか?という疑問に答えを得るため彼は夏休みの間も受験対策の講習にまで参加して学校に通い続け、学校に通っては痛みを激化させ続けた。この激痛の意味は何であるのか?という疑問に彼が答えを得たのは今宵の第四話の最後の一場面でのこと。主人公が己の胸の痛みの原因を「初恋」と知るまでの過程だけを描くのに実に一時間ドラマ一話分を費やしてしまったのがこのドラマの凄いところだ。しかも先週の第三話では既に己の胸の鼓動への驚きの感情が描かれていたのだから、それをも含めれば二話分を費やしたとさえ云えなくもない。知ることの喜びを描くドラマには実に相応しい姿勢だ。
この過程を描き進めるにあたり当初には農夫の格好をしたセント・アグネス学園の校長、南孝之(岩城滉一)の飼い牛「ツルゲーネフ」を登場させ、また榊真喜男にはツルゲーネフの短編小説「初恋」を読ませた上で、最後の場面、牛を再登場させた。ここでの描写がこの上なく美麗だった。雨上がりの夜の、広大な学園の庭の闇の中、それまで空を閉ざしていた雲の間に漸く現れた満月の光の下に、厳粛に、殆ど神秘的に飼い牛「ツルゲーネフ」の姿が浮かび上がり、それを見た瞬間、榊真喜男は己の胸の痛みが「初恋」に他ならないことを知ったのだ。馬鹿馬鹿しくて爆笑できる展開ではあるが、その終局の描写が余りにも荘厳で深遠でもあった。馬鹿と崇高の調和。それは恋に落ちた人間の描写としては極めて秀逸ではないだろうか。
セント・アグネス学園の保健室のおばさん先生、水島椿(もたいまさこ)は、若き悩める榊真喜男に人生の指針を伝授し強靭に導いてゆく「賢者」に他ならない。例えるならモーツァルトの歌芝居「魔笛」におけるツァラトゥストラゾロアスター/ザラストロ)や、ロッシーニの歌劇「チェネレントラ(シンデレラ)」における哲学者=魔術師アリドーロのような。だが、水島椿の言は、学園の全ての男子にとっても力強い魔法だったらしい。榊真喜男に対する水島椿の教示を、背後にいた3年A組の男子が皆、一言も聞き漏らさないよう必死に盗み聞いていたのだ。
この場面の重要な副産物として、セント・アグネス学園3年A組の男子が皆、ああ見えて意外に純情な少年たちばかりだったと判明したことが挙げられ得るだろう。星野陸生(若葉竜也)率いる伊吹和馬(佐藤貴広)と宝田輝久(伊藤公俊)の不良集団が異性と縁遠いのは一目瞭然だし、牧信一(足立理)も異性に頼りにはされてなさそうな感じだが、どうやらオシャレな遊び人を気取る諏訪部祐樹(広田雅裕)や平塚隆介(武田航平)も実際にはモテてはいないらしいのだ。同時に、医者を目指して勉強一筋の秀才を気取る安原正(森廉)も実際には異性のこと意識しまくりの普通の少年なのだ。
そうした中で注意を要するのは無論、「桜ナントカ」こと桜小路順(手越祐也)。これまで彼は榊真喜男に対して殆ど恋愛にも近い特別な好意を寄せてきたし、今回も基本的にはそうだったと見えるが、同時に、今宵の第四話を通して彼の描写は、彼の真の好意があたかも梅村ひかり(新垣結衣)に向いているかのようにも受け取れたのだ。そうした第二の意味を出来したのは、彼が榊真喜男と一緒にパンで昼食を摂りながら「誰か好きな子がいる?」と訊いた場面だ。あのとき榊真喜男が(1)女には不自由していないこと、(2)大人の成熟した女にしか興味がないこと、(3)ゆえに同級の女子なんかに興味がないことを答えたのを聞いて桜小路順は安堵し笑顔になった。桜小路順が榊真喜男に恋心でも抱いているのであれば(1)(2)榊真喜男の華麗な日常を取り巻いている大人の成熟した女たちにも嫉妬心を抱くだろうから、桜小路順の恋心の相手は榊真喜男ではなく幼馴染みの梅村ひかりであるに相違ない…と感じた視聴者は少なくないことだろう。しかし解釈にあたり考慮しなければならないのは、桜小路順は未だ榊真喜男の真の日常の姿を知らないという点だ。彼は「マッキー」を自分と同じ高校生だと思い込んでいるはずだ。大勢の成熟した大人の女たちに取り囲まれて何一つ不自由してはいないという榊真喜男の発言を、単なる冗談として受け止め、軽く聞き流した可能性がある。そう解するとき、「マッキー」が同級のどの女子にも興味がないことを確認して桜小路順が安堵していたことの意味は正反対に逆転するだろう。二義的な言動について考えることの面白さがここにある。
真鍋和弥(田中聖)が敬愛する「兄貴」榊真喜男の留守中、今は用のないセント・アグネス学園の冬服を着て、「兄貴」が読んでいたツルゲーネフの「初恋」を読んでいた場面には、驚異的にストレートな感情の表出がある。二義性の迷い、狂いは一切ない。このドラマには圧倒的な熱さもあるのだ。
このドラマの全編を満たしている笑える「ネタ」の数々については余りにも多過ぎてとても拾い切れないし、また多くの評者たちがそれぞれの掲示板やブログ等で指摘しているだろうが、最も面白かったものを一つだけ挙げるとすれば学園の夏の恒例「肝試し大会」で化け物に扮した「鉄仮面」先生こと南百合子(香椎由宇)の頭に作り物の斧が突き刺さっていたこと。今宵の第四話において「斧」が恋に落ちた人の胸の痛みを象徴し得る記号だったのは云うまでもない。笑える「ネタ」の只中にも熱くて深い感情が潜んでいる。
本作品は今年一番の大傑作になりそうな気がしてきているのだが、気の所為だろうか。主題歌も素晴らしいし、見たあとに必ず満足できている。

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