京都岩倉実相院日記-下級貴族が見た幕末

管宗次著『京都岩倉実相院日記-下級貴族が見た幕末』(講談社・二〇〇三年三月)を読んだ。岩倉実相院という京都の郊外にある由緒ある門跡寺院で先祖代々「坊官」職を世襲した貴族、松尾刑部卿親定法印の書き残した膨大な公用日記の記述を通して幕末の京都における動乱の日々を見るという書物であるから内容は多彩で実に面白かったが、最終章に引用された明治元年三月十五日の記事の、松尾刑部卿親定法印の独り言には泣かされる。「向後いかが相成るべきかは知らねども此の石坐(=岩倉)の山中に住して金銀をむさぼらず、美食を好まずしているは誠に安心なる興界。不過之後世に至りても必ず必ず人の繁花美麗を羨ことなかれ」。幕末の激動を無事に生き延びて、旧来の秩序の崩壊と新時代の秩序の始まりをも目の当たりにしつつあった一人の下級貴族が、それでもなお向後も永遠に続いてくれるものと信じていた己の生まれながらの地位を結局は剥奪され、住み慣れた岩倉実相院からも去り行かなければならなくなる日のわずか一年半前に記した言葉なのだ。
二枚目俳優の近藤正臣の先祖、近藤正慎が清水寺に仕えた寺侍で、勤皇の志士として活躍し、獄中で自決した英雄だったという話も面白かった。

京都岩倉実相院日記―下級貴族が見た幕末 (講談社選書メチエ)