仮面ライダーキバ第十話

東映仮面ライダーキバ」。井上敏樹脚本。石田秀範演出。
第十回「剣の舞-硝子のメロディ」。
ヴァイオリン製作の職人として生きるファンガイア大村武男(村井克行)は、二十二年前、神のような音楽家=紅音也(武田航平PureBOYS])と出会い、その神聖な力を持つヴァイオリン演奏に接して以来、人間を襲うことを止めていた。二度と人間を襲わないことを、紅音也と固く約束したからだった。時々彼を駆り立てるファンガイアの本能を彼が二十二年間も抑え続けることができたのも、紅音也のヴァイオリン演奏を録音したものを何時も携行して聴いていたからだった。その音楽は暴力的な本性を和らげ沈静化し平安をもたらす力を有していた。そして大村は紅渡(瀬戸康史D-BOYS])に、「あの偉大な御父さん」紅音也の正統な後継者を認識していたのだった。
紅音也という人物が、古代ギリシアの伝説の音楽家オルペウス[或いはオルフェウス]の再来であるのは見易い。オルペウスの携える楽器は竪琴であり、ゆえに紅音也の携える楽器はヴァイオリンでなければならない。なぜなら学問の神アポローンも愛用した神聖な楽器である竪琴のイデアを継承する者は、ルネサンスからバロックにかけて、ヴィオラ・ダ・ブラッチョやヴァイオリンであると考えられていたからだ。ヴァイオリン演奏の超人的な名手としても有名だったヴェネツィア赤毛の司祭ヴィヴァルディの協奏曲集に「ラ・チェトラ」というのがある。同時代にはマルチェッロをはじめとする多くの音楽家たちが同名の作品集を発表しているようなので流行の名だったのだろうが、その意がオルペウスの竪琴の威力への礼賛にあるのは明白だ。オルペウスの奏でる音楽には何者をも鎮め得る力があったと伝えられる。腕力を用いることなく人々を屈服させ得る力のことを一般に「権威」というのであり、オルペウスの竪琴の力は王権の表象にも相応しいのかもしれない。実際、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集「ラ・チェトラ」は神聖ローマ皇帝カール6世へ献呈された。神聖な力を有する楽器であると同時に、王者の栄光を彩るに相応しい楽器でもあるのがヴァイオリンだったのだろうと想像される。