ごくせん第五話

日本テレビ系。開局55周年記念番組。土曜ドラマ「ごくせん」。
原作:森本梢子「ごくせん」。脚本:江頭美智留。音楽:大島ミチル。主題歌:Aqua Timez「虹」。挿入歌:高木雄也「俺たちの青春」。プロデュース:加藤正俊。制作協力:日テレアックスオン。演出:佐藤東弥。第五話。
これまでに放送された五話の中で一番よい話だった。よく出来ていて、面白かったし、泣けた。単なる形容の語として「泣けた」と云うのではなく、本当に涙が出た。
物語の大きな方向性としては、(一)卒業を前にして今後の進路を考えなければならない赤銅学院高等学校3年D組の不良連中が、世間の厳しさも知らず金を稼ぐことの難しさも知らないまま、将来について漠然と夢みたいなことばかり云っていたのが、実際に働いてみることで金を稼ぐことの難しさを実感し、また級友の一人の父親が豆腐屋として必死に働く姿を見ることで仕事の厳しさ、辛さと同時に素晴らしさ、楽しさをも知るという流れがあった。そしてその大きな話を強力に推進するための細部として、(二)その豆腐屋の主人が病に倒れて入院したことで、豆腐屋の子である少年が初めて、家や家業、家族、労働について真剣に考えるという物語があった。事実上はそれこそが今宵の話の基本部分だったのは云うまでもない。さらに、労働と家族をめぐるこの物語をドラマティクに盛り上げるとともに、この実質(materies)を、さらに大きな枠組としての、テレヴィドラマ「ごくせん」という形式(forma)に調和させるための装置として、(三)世間知らずの少年を騙して悪の世界に引きずり込もうとする悪い大人たちが登場した。主人公「ヤンクミ」こと山口久美子(仲間由紀恵)による救出の場がそこに成立した。
これら三つの話を一つの話として統合する鍵が、豆腐屋の子、本城健吾(石黒英雄)と彼の父、保(金田明夫)の父子だった。テレヴィドラマ「ごくせん」という物語世界の本質を余すところなく表現し得たと評するも過言ではない程の、この重要な第五話の主人公として本城健吾を設定し、役者として石黒英雄を配した制作者の判断は素晴らしい。今回の生徒役の出演者の中で、この重要な役を演じ切ることができるのは多分(三浦春馬を除けば)石黒英雄だけではなかったろうか。既に三年前の「ごくせん2005」にも矢吹隼人の弟役で出演していた彼を、敢えて今回また改めて、別の役で起用した制作者の大胆な判断は正しかった。その英断に盛大な拍手を。
今宵の本城健吾=石黒英雄の演技の一番の見所を一つ挙げよ!と云われるなら、気軽に盗んだ五万円の重さに気付かされ、恐れ戦いていた姿を、迷うことなく挙げたい。家の箪笥の中にある封筒の中の三十万円から五万円も盗ってしまうこと自体が本当は重大な悪事なのだが、親が元気に働いて稼いでいる間は、少年も容易にはそのことに気付かない。しかし父親が入院してしまった今、彼は金銭がどこからも湧いて来るものではないことを思い知らされている。しかも入院中の父親から、箪笥の中の三十万円を銀行へ入金しておいて欲しいこと、そうしないと店も家もなくなってしまうことを電話で聞かされた。彼にとっての小さな悪事は、実は父親にとっても家族にとっても彼自身にとっても許されない大悪事だった。それに気付いて動揺し、取り返しの付かない己の悪事をどのようにして償えばよいのか必死に考えようとしていた彼の様子は、普段は格好よく着飾って威勢よく振る舞っている少年の内面の不安定性と安定性とを端的に形象化したものと云えるかもしれない。
これまでの彼は己の行動について明確な自覚も責任感もなかった。まだ少年なのだから仕方がない面があるとも云えるが、そうした不安定性は、心の奥底にある彼の家族への愛を曇らしてはいなかった。だからこそ彼は、己の悪事の重大性を直ちに自覚し得たのだ。家族と家業に対する愛において彼の心は安定していた。そのような彼の心こそが五万円の件で彼自身を厳しく責め苛んだわけで、あの場面での、何をどうすればよいのかも判断できないでいた彼の情けない表情はそのことを表現していたのだ。
今宵の話は本城健吾と彼の父との関係を中心に展開したが、倉木悟(桐山照史)と母親との関係も楽しかった。風間廉(三浦春馬)の格好よさには一段と磨きがかかってきた感があるし、神谷俊輔(三浦翔平)は一見クールな中に愛嬌を見せ、市村力哉(中間淳太)は只管カワイイ感じになってきて、生徒たち皆の魅力がどんどん出てきているように思う。