おせん第六話

日本テレビ系。ドラマ「おせん」。
原作:きくち正太。脚本:高橋麻紀。音楽:菅野祐悟。協力プロデューサー:山口雅俊(ヒント)。プロデューサー:櫨山裕子三上絵里子/内山雅博(オフィスクレッシェンド)。制作協力:オフィスクレッシェンド。演出:久保田充。第六話。
老舗の料亭「壱升庵」女将の半田仙(蒼井優)と日本美術史家の千堂保(小泉孝太郎)は見合いをして意気投合し、付き合いを始めた。なかなか似合いの二人。話も好みも合うし、付き合わない理由が見当たらない。見合いをした以上は結婚を前提した交際であるのは云うまでもないが、果たして結婚しない理由があり得るか?と疑問を抱かせたところで意外な結末が来た。料理の道を窮めようとしている半田仙の高み、深みを、千堂保は正しく解し得た結果、かなりの高みにまで達していると自負していた己の水準が半田仙の高みに比すれば未熟な段階でしかないことを思い知って、ゆえに半田仙に求婚するまでにはもっと永い修業の期間を要すると自覚したと云うのだ。なるほど他人にも己にも等しく厳しい彼ならではの考えだ。実に面白い。
江崎ヨシ夫(内博貴)と半田仙との間の、一寸した関係の逆転にも目を向けておく必要があるだろう。「よっちゃんさん」こと江崎ヨシ夫は職人としては未熟ながらも単純な真直ぐな青年で、「おせんさん」こと半田仙は文人風の深い教養と職人の誇りとを兼ね備えた老成の少女だが、少なくとも恋の道に関する限り、半田仙は余りにも経験の乏しい初心者で、対する江崎ヨシ夫はそれなりに経験豊富な若者だったのだ。見合い相手の魅力に接し、家業と恋との間で悩んでいた半田仙に、江崎ヨシ夫は助言を与えたが、それは普段の両名の関係からは想像できない展開ではあった。しかも、このときの江崎ヨシ夫の助言に近いことを、のちには、今度は半田仙が、料理と茶の道に関して江崎ヨシ夫に返していた(とも解せる展開が来た)のだ。両名の関係は、次第に、密かに、濃厚に化してゆくようだ。
しかし江崎ヨシ夫の半田仙に対する思いは、どうやら、師とも云うべき女将への尊敬と、それでいて頼りないところのある少女のような同志への友愛との入り交じったような感情だったようだ。だから半田仙が誰かと恋をして結婚をしたとしても、彼の思いは決して揺るがないだろう。対照的なのは彼の兄弟子、竹田留吉(向井理)だった。彼は半田仙に「女神」を見出し、間違いなく恋心を抱いているのだ。
面白いのは、両名のこのような思いの違いが、半田仙への接し方においては逆転して現れてしまうところ。竹田留吉は、職人として秀でている反面、半田仙を喜ばし励ますことを敢えて考えようとはしないのに対し、江崎ヨシ夫は、職人としては未熟でも、半田仙を、どうすれば喜ばせることができるかを何時も考えている。その理由は明白。江崎ヨシ夫にとって半田仙は、心から尊敬する師であると同時に、意外に頼りない面のある少女でもあるからだ。己が一人前の職人になるためには、師である半田仙に認めてもらえるようにならなければならないと彼は考えているし、また半田仙は老舗料亭の女将である前に一人の少女でもあるから、周囲が優しく慰めてやらなければならない場合もあることを彼は知っているのだ。逆に、既に半田仙からも職人として認められている竹田留吉には、半田仙に認めてもらいたいという発想がないのも致し方ないのかもしれないし、また半田仙を「女神」と見る彼には、頼りない少女としての側面が視界に入らないのも無理はないのかもしれない。
ところで、江崎ヨシ夫等が五百円玉を必死になって探していたところは、実によかったと同時に少し惜しくもあった。なぜなら五百円というのは一寸した大金だからだ。例えば(かなり私的な例だが)、吾が職場の社員食堂では四百五十円あれば日替わり定食を食えるわけなので、五百円の損失は大問題なのだ。だから五百円玉を落としたとき必死になって探すのは、むしろ当たり前だと思えてしまう。落とす金額は五百円ではなく(五円とまでは云わないが)せめて五十円玉位にしておいて欲しかった。五十円をあの美しい若者たちが皆で必死になって探す様子は、物凄く好ましく見えたことだろう。