ハチワンダイバー第五話

フジテレビ系。土曜ドラマハチワンダイバー」。
原作:柴田ヨクサルハチワンダイバー」(集英社ヤングジャンプコミックス刊)。脚本:古家和尚。音楽:澤野弘之。将棋監修:鈴木大介八段。協力:社団法人日本将棋連盟。プロデュース:東康之。制作:フジテレビドラマ制作センター。演出:水田成英。第五話。
このドラマのどこがどう面白いのかを語るのは難しい。なぜならどこも彼処も面白いから。もちろん中には今一つの部分もなくはない。だからむしろ、どこが今一つであるのかを語る方が話としては早い。そうすれば、それ以外は全て面白いということを説明し尽くせる。でも、それ程にも面白いドラマについて、今一つの箇所のみを語るのは納得ゆかないことだ。やはり面白いものについては面白さをこそ語るべきなのだ。
取り敢えず最も笑えた箇所だけを挙げれば、主人公「ハチワン」こと菅田健太郎(溝端淳平)の、三人目の対局相手である斬野シト(京本政樹)に対する「おっぱい」発言による挑発だが、それに先立つ「おっぱい」への「DIVE!!」も実によかった。文字山ジロー(劇団ひとり)との死闘を制したハチワン菅田は、そのことによる興奮の余り、帰宅後も身体の震えが止まらなかったが、そこへ、アキバのメイド「みるくさん」として呼ばれて来た「アキバの受け師」中静そよ(仲里依紗)は、その震えを止めるため、菅田の顔を両手で抱くようにして自身の谷間に沈め、抱き締めるようにして抑え込んだまま、彼の興奮を鎮めようとした。突然のこの行為に別の意味で興奮した菅田は云った。「この手…この手を離してください。天国に行ってしまう…」。
第二話におけるあの安楽の膝枕に続いての、今宵の第五話におけるこの行為。これが対局相手に対するハチワンの挑発に繋がる。己が勝ったら「みるくさん」をもらう!と宣言した斬野シトに対し、「みるくさん」=「受け師」との関係を尋ねたハチワン菅田は、どうやら相手は単なる客とメイドとの関係を超えるものではないらしいと見抜いた上で、勝ち誇るかのように、云い放ったのだ。「僕は知ってるんです。受け師さんの膝枕と、おっ…おーっぱい…」「僕は、受け師さんのおっぱいの、いや、おーっぱいの感触を知っている」。
この言で注目すべきは「おっぱいの、いや、おーっぱいの」と言い換えているところだ。「おっぱい」という普通の語では表現し切れない程の圧倒的な充実感を、「おーっぱい」と延ばして発音することで表現しようとしているのだ。
アキバの受け師の「おーっぱいの感触」を知ったことの影響は、そのあとの対局の行方にも大きく作用した。斬野が「新石田流七四歩」を打ち出そうとしていたのをハチワンが読めなかったのはその所為だった。この危機に漸く気付いた彼が慌てて「DIVE!!」を試みたものの、上手く行かなかったのも、一つには「おっぱい」に囚われ過ぎていたからだろう。第三話で「二こ神」こと神野神太郎(大杉漣)は、「おっぱい」揉みを賭けた対局に勝利を獲たハチワンに対し、「だが、おまえは揉んじゃいかん!揉むなよ」「おまえは、おっぱいを揉んだら、将棋が!弱くなる!」という崇高な教えを与えたが、それは真実を突いていたのだ。
他方、彼が「新石田流七四歩」に気付いたあとも動揺の余り「DIVE!!」に成功できなかったもう一つの理由は、その手が他ならぬ彼の唯一無二の恩師、鈴木歩人(小日向文世)が考案したものだったからだ。この対局において彼は事実上、眼前の斬野ではなく、今なお尊敬して已まない恩師の影を相手にしていたのだ。
なお、ハチワンとの対局で敗北した文字山ジローは、自らの大人気マンガ「なるぞうくん」の主人公を、ハチワンとの約束通りハチワン考案の(と云うか落書の)「ハチワンくん」に泣く泣く描き換えていた。二人のアシスタントも泣く泣く指示に従っていた。しかし文字山の描いた「ハチワンくん」はハチワン菅田の描いた「落書」とは違い、流石に上手かった。
ハチワン菅田と文字山との対局の終局における応酬には大迫力があった。「完璧なストーリーを壊されて堪るか!」と絶叫した文字山に対し、ハチワンは云った。「こっちは二十年!勝ったり負けたりを繰り返しながら、ストーリーの決まってない戦いを、生き抜いてきたんだ!」。両名の言はそのまま、この対局におけるそれぞれの姿勢を表現している。かつてハチワン菅田健太郎の恩師、鈴木歩人は少年=菅田に教えた。たとえ何も読めなくとも、その将棋は負けとは限らない。「またそこが人生と似ている」と。