ハチワンダイバー第九話

フジテレビ系。土曜ドラマハチワンダイバー」。
原作:柴田ヨクサルハチワンダイバー」(集英社ヤングジャンプコミックス刊)。脚本:古家和尚。音楽:澤野弘之。将棋監修:鈴木大介八段。協力:社団法人日本将棋連盟。プロデュース:東康之。制作:フジテレビドラマ制作センター。演出:水田成英。第九話。
先週とは一転、今回のは面白かった。しかも先週まで見られなかったような新たな面白さがあった。一つは、主演俳優=溝端淳平の自然な演技が見られたこと、もう一つは、つるの剛士溝端淳平が繰り広げた一分間将棋をカットなしで撮影し、一分間をそのまま見せる驚異の演出が行われたこと。
主人公「ハチワン」こと菅田健太郎(溝端淳平)は、「アキバの受け師」こと中静そよ(仲里依紗)とともに殴りこんだ「鬼将会」本部において、実の妹、菅田歩美(大政絢)との対局を迫られた。歩美は鬼将会の大将から後継者として迎えられていた。棋士の社会の秩序を破壊すべく一種のテロリズムを仕掛ける恐ろしい組織からの招きを歩美が受け容れたのは、幼時から憧れ続けていた棋士になる「夢」を、兄の存在によって阻まれ、断念させられたことへの恨み、憎しみの情念のゆえだった。兄への憎しみから闇へ落ち、悪の道を歩んでいたのだ。もはや妹ではないとも云えるかもしれない。
だが、菅田健太郎は、妹との対局の間、妹への愛を見失うことはなかった。妹を悲しませた己のかつての不甲斐なさ加減に対する後悔と反省の念も滲ませていた。棋士の正道へ戻りたいという情熱、邪道をゆく鬼将会への強烈な闘志、恩師の鈴木歩人(小日向文世)と神野神太郎(大杉漣)への敬意と感謝、仲間やライヴァルへの友情、そして何よりも「受け師」への愛。菅田健太郎役の溝端淳平は、先週までの八話を通して、この強烈なドラマにおける強烈な役を演じるにあたり「顔芸」とでも評するほかない強烈な演技を繰り出してきた。しかし今回、この対局の間は一転、一貫して自然な演技で、兄として、そして数々の修羅場を潜り抜けてきた若者としての優しさ、懐の深さを表現していたと思う。このドラマにおける俳優=溝端淳平の新段階、新境地を見た気がする。
他方、この対局のあとに登場したのは宿命のライヴァル、粕谷義英(つるの剛士)。彼こそは、かつて菅田健太郎が年齢制限による新進棋士奨励会の退会を余儀なくされたときの、最後の対局相手に他ならなかった。この男に敗北したことで奨励会を退会せざるを得なくなり、プロ棋士への道を諦めざるを得なくなったのだ。だが、何とも不埒なことに、栄誉あるプロ棋士の地位を獲得した粕谷は、選りにも選ってプロ棋士の秩序を破壊し尽くそうとする鬼将会に、用心棒として雇われていた。今ようやく正道へ戻ろうとしている菅田健太郎の敵として、これ程にも相応しい相手はいない。
菅田健太郎vs.粕谷義英の対局。各自の持ち時間を一分間と設定してその制限時間内に勝敗を決する「一分間切れ負け」。このドラマの制作者は、短気集中のこの対局を演出するに際し、本当に一分間を費やして、その一部始終を完全に再現した。その間カットは一度もなし。二人の俳優は棋譜を完全に記憶した上で演技をして、カメラはその全てを捉えた。こんなにも手に汗握る興奮度の高い演出が他にあり得るだろうか。殆ど狂気の域に達しているとさえ思われた。やはり「ハチワンダイバー」は凄いドラマだ。