橋田寿賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり第十部第十一話

TBS系。橋田寿賀子ドラマ「橋田壽賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり」。
最終部=第十部第十一話。
正月一回目の放送は二時間の特別版。「新春二時間スペシャル」と銘打たれた。驚くべきことに、この二時間の話は今年の元日の朝から夜までの間の出来事として描かれていた。わずか一日の話だったのだが、まるで一ヶ月間の出来事が一挙に押し寄せたかのような、余りにも濃厚な一日だった。
注目するに値する面白い要素は数多あったが、一つ一つ書き出してゆけば際限がない。ここでは小島眞(えなりかずき)、大井貴子(清水由紀)、森山壮太(長谷川純[ジャニーズJr.])の三者の関係に着目しよう。
小島眞に対する大井貴子の冷たい態度を、かつて自身が残酷にも捨ててしまった元恋人への申し訳なさから来る遠慮の深さと見る人もいるかもしれないが、この見方は正しいだろうか。確かに大井貴子自身が小島眞に対してはそのような類のことを述べて面会を拒絶しようとしていたのだが、そのような言い訳を額面通りに受け取ることができるためには、大井貴子が決して心変わりをするはずがないということが前提されなければならない。だが、男でも女でも恋心は秋の空の如く変わり易いとすれば、大井貴子が例外であると考えるべき理由はない。
もし大井貴子が既に小島眞に対して完全に冷めていて、もはや恋心を再燃させる可能性もないとすれば、今の大井貴子にとって小島眞はストーカーに近い。
もっとも、大井貴子が既に小島眞を愛していないとすれば、小島眞の母の実家である高級料理店「おかくら」の世話になるとは何とも厚かましいことだ!と見る人もいるかもしれない。実際、店主の岡倉大吉(宇津井健)は大井貴子と小島眞との復縁を期待している。とはいえ、たとえ大井貴子が小島眞との結婚どころか交際さえも望まないとしても、それによって岡倉大吉が大井貴子を追い出すようなことにはならないと思われる。なぜなら彼は、娘の小島五月(泉ピン子)が「おかくら」で雇用してやって欲しいと云っていた不憫な人が実は大井貴子であろうとは全く予想もしていなかったが、それでも、小島五月が連れてくるはずのその人を歓迎しようとしていたのだからだ。そもそも小島眞が、大井貴子を助けるにあたっては大井貴子に対して、支援の交換条件として復縁を要求するわけではないことを約束していたのだから、大井貴子は「おかくら」の世話になることの条件として小島眞の愛を受け入れなければならない道理はない。問われるべきは、あくまでも大井貴子と「おかくら」という当事者間の関係であって、しかるに、大井貴子は予て「おかくら」で働いていた経験から、「おかくら」を理想的な職場であると感じているように見受けるし、他方、「おかくら」の側も、予て若くて魅力的な働き手を永く雇用したいと欲していて、大井貴子を最も理想的な人材と認めているのだ。小島眞を介在させる必要なんか全くなさそうに見える。
とにかく見落としてはならないのは、大井貴子を守りたい!と格好よく宣言してみせた小島眞のこの決意が、現実には無残なまでに空回りに終わっているという点だ。大井貴子の就職先として「おかくら」を確保したのは小島五月の発案と交渉の賜物であるし、「おかくら」に居場所を見出した大井貴子のために公私ともに献身的に尽力し奔走しているのは森山壮太に他ならない。小島五月は子息のために努力したわけであるし、森山壮太は親友のために献身しているわけであるから、小島眞は何となく自身もそれなりに頑張ったような気分になっているかもしれない。でも大井貴子の眼には小島五月と森山壮太の親切な行動が、口先だけで何もしない小島眞とは正反対のものとして見えているのではないだろうか。ことに、小島眞とは正反対の、圧倒的に現実的な生活力、頼もしさ、逞しさを発揮しておきながら、あくまでも小島眞の代理人を自称して、そうした己の功績を全て小島眞の功績であるかのように語ろうとする森山壮太の潔さ、男らしさには、流石の大井貴子も魅了されないではいられないのではないだろうか。もともと大井貴子は森山壮太に対しても好意的だったのだ。
ここで考えずにはいられないのは、もし大井貴子と森山壮太が結ばれるような事態に至った場合に、岡倉大吉が一体どのような態度に出るか?という点だ。小島眞の再度の失恋を憐み、大井貴子や森山壮太を追い出すような挙に出るだろうか。だが、岡倉大吉は今宵の話の中で、「おかくら」を支えてくれている青山タキ(野村昭子)や森山壮太を、血縁はなくとも既に家族も同然であると感じていることを語っていた。岡倉大吉にとって小島眞は孫だが、濃密な時間を永く共有してきたのが孫よりも彼等であるのは間違いない。
この物語において幾度も浮上してくる命題の一つに、「血は水よりも濃い」というわけでもないこと、或いは「遠くの親戚よりも近くの他人」ということがあるだろう。今宵の話における野田家の騒動がその例を提供し得る。野田家の長男、野田武志(岩渕健)が出稼ぎ先の浜松で有力者への接近を図り、そこの娘と交際し、はらませたことによって、目論見の通り結婚を要求される事態を惹起することに成功したことから、妻と子と離縁したい旨を宣言した中で、野田弥生(長山藍子)と野田良(前田吟)は長男のこの不道徳と卑劣と冷酷に大いに怒ったのと同時に、否、むしろそれ以上に、長男の妻である野田佐枝(馬渕英俚可)の心痛をこそ大いに心配した。もっとも吾等視聴者は妻の側も不倫の罪を犯していたことを知っているから、そのことが今後の展開にどう影響するかも判らぬと恐れずにはいられないが、ともかくも現時点においては、野田弥生と野田良の夫妻は、実の子よりも嫁のことを大切に感じているかに見受ける。野田家こそは、血縁の繋がらない者で肩を寄せ合って家族のように生きる道を、予て実践してきた例ではあったのだ。
岡倉大吉が、孫の小島眞の失恋を憐みつつも、家族同然の仲間である森山壮太と大井貴子との交際を心から祝福するという展開は、以上のような理由から、大いにあり得ると考えられる。だが、橋田寿賀子がどのような爆弾を仕込んでくるか、容易には予想できない。
このドラマにおける予想の難しさを物語る例として、今宵の話の終盤の、大原葉子(野村真美)と大原透(徳重聡)との間の、出産すべきか否かの遣り取りを挙げることができるだろう。十歳も年下の、若くて才能も豊かで将来性に富んで魅力的な男である大原透にはもっと若くて相応しい女が幾らでも出てくるはずだから、いつでも気軽に離縁してもらえるようにしておくために、子を持つわけにはゆかない…と云い出した大原葉子に、大原透は逆に、大原葉子が己を捨てることができないようにするために、決して離縁されることがないようにするために、是非とも生んで欲しい!と力強く云い返した。若くて魅力的な夫に捨てられることになったとしても仕方ないような、至らぬ年上の女として己を語った大原葉子に対し、大原透は己こそ大原葉子に捨てられても仕方ないような頼りない男子だ…と返して、己が妻を捨てることなんか決してないことを宣言したのだ。大原透の頼もしさ、格好よさを際立たせるためにこの奇妙な遣り取りが仕組まれたのではないかと推察されるし、確かに大原透は極めて格好よく見えたが、その分だけ、大原葉子は殆ど理解し難い変人になり果ててしまった。もともと余りにも恋多過ぎて周囲を不幸にしてきた変人ではあったが、今宵の話に至っては容易なことでは理解できない。何等かの都合によって奇妙な展開が生じてくるのがこのドラマの常であり、ゆえに予想は難しい。
取り敢えず大原透のこの格好よい見せ場よりもはるかに恰好よい見せ場が本間常子(京唄子)にあったことを記しておくのみ。老いて病にも悩まされてはいても、永年にわたり助産師として働いていた専門職業人としての勘は今なお鈍ってはいなかったのだ。大原葉子が身ごもっていることを瞬時に見抜いたときの眼力には力強さが戻っていた。