渡る世間は鬼ばかり第十部第三十七話

TBS系。橋田寿賀子ドラマ「橋田壽賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり」。
最終部=第十部第三十七話。
小島家ラーメン店「幸楽」元店主の小島勇(角野卓造)の妹の一人であり、インターネット餃子店「幸楽」を営んでいる山下久子(沢田雅美)は、実家の小島家ラーメン店「幸楽」に小島勇と小島五月(泉ピン子)を訪ね、マンション購入の保証人になってもらいたいと云ってきた。
広々として高額なマンションを購入したいと考える目的は、母の小島キミ(赤木春恵)を引き取り、一緒に生活することにある。小島キミは、米国で大成功して莫大な財をなした小島加奈(上戸彩)の家に居住している。小島加奈は山下久子の娘。小島キミは孫と一緒に何不自由なく生活しているわけだが、いかんせん言葉も通じない土地であるし、東京に生まれ東京に育って東京から出たこともなく生きてきた老女にとっては不安も少なくないだろう。そろそろ帰国したいと感じ始めているそうで、その思いをしたためた手紙を山下久子に宛て送ってきたらしい。
この手紙の内容に関して重要なことは、小島キミが敢えて米国へ渡らざるを得なくなった理由は、嫁の世話になるのが嫌だったからだ…と山下久子が説明したことだ。これこそが、高額マンションを購入しなければならない根拠をなしている。小島キミを帰国させたとしても、小島五月という「嫁」の世話になることを小島キミが拒否している以上、住み慣れた小島家「幸楽」に戻らせるという選択肢はない。ゆえに「嫁」のいない新たな小島家を拵える必要があるのだ。
小島キミは「嫁」との同居を拒んでいる…という山下久子の主張は極めて大きな効力を持った。なぜなら小島五月は他人の眼を気にして、親族の眼を気にして生きているからだ。他人からどう思われようとも、己を信じて、己の信念に従って生きてゆく!という一匹狼の人生は、小島五月には思いも寄らない。だから小島キミから嫌われている状態、山下久子から悪く云われる状態には耐えられない。小島家を乗っ取った悪い「嫁」だと思われる状態には耐えられない。だから、そのように思われたくないなら契約書に押印せよ!と脅迫されたなら、直ぐに云いなりになってしまうのだ。
小島勇はマンション購入の保証人になることを拒否していたが、嫁の小島五月が山下久子に実印を差し出してしまった。保証人になったばかりか、購入後のリフォームのための経費百万円をも負担することを受け容れた。小島五月は、狭い世界における己の評判を気にして、夫の断固とした決意を無にしてしまったのだ。
小島勇が拒否していた理由は明白だ。山下久子に対する一歩の譲歩が百歩の譲歩にも繋がることを、実兄としてよく知っているからだ。
実際、これまで山下久子には多額の金を貸してきたが、一円も返ってきていないはずだ。先に、インターネット餃子店「幸楽」が銀行から一千万を借りる際にも保証人になったが、それは小島家ラーメン店「幸楽」を危機に陥れかねない事態でさえあった。その一千万円は既に完済したことを山下久子は述べたが、本当だろうか。こんなにも短期間で完済できたのだろうか。もし本当に完済できたのだとしても、そんなにも快調な、驚異の好景気が果たして何時まで持続するのかは定かではない。
ここまで不穏な気配を漂わせる描写があった場合、普通のテレヴィドラマであれば、そのことが発端となって実際に不幸な事態が発生するのが当然だろう。そうでなければ意味がないからだ。だが、なにしろ「橋田壽賀子ドラマ渡る世間は鬼ばかり」は普通のテレヴィドラマの常識なんか通用しない奇想天外ドラマであるから、案外、この保証人の件も、今後どのような不幸にも繋がらないのかもしれない。