旅行記二/知覧特攻平和会館

旅行記二。
普段よりも遅く朝八時頃に起きてホテルの一階の食堂で朝食。充実した内容に夢中になって少々食べ過ぎた。宿泊室で休憩しつつ、知覧町の特攻観音入口行バスの時刻を検索してみたところ十時十三分に天文館の停留所を発する便があると判り、急いで準備して外出。停留所が沢山あってどこで待てばよいのか判らなかったが、定期券売場の人に教えてもらって目的の停留所を見付けることができて無事に乗車した。鹿児島市内は快晴だったが、南九州市へ向かうに連れて空が曇ったのは流石に台風に近付いたからだろうか。途中、錦江湾の彼方に桜島を見ることができた。知覧の武家屋敷の前にある細く浅い水路に見事な鯉が泳いでいるのもバスの窓から見ることができた。
十一時三十五分頃に知覧の特攻観音入口の停留所へ到着。
しかし雨。停留所に面して「知覧パラダイス」という大きな食堂があったので雨を避けてそこへ入り、トワレを使用したあと、やや早めの昼食を摂ることにした。食堂の窓の外には池があり、その向こう側には宴会場が複数あって、いくつかの団体が次々に到着しては次々に各室へ入ってゆくのが見えた。大繁盛の様子。
やがて雨も上がり、空が晴れたのが見えたので出発。特攻勇士の胸像の浮彫を施した石灯籠が並んでいる参道を歩いて、昼十二時二十五分、ついに今回の旅行の目的である彫刻作品、特攻勇士の像《とこしえに》の建っているのが見えてきた。
この銅像の作者は伊藤五百亀。京都の三条大橋の近くにある有名な銅像高山彦九郎皇居望拝の像》の作者に他ならない。愛媛県西条市に生まれ、日展を拠点に、昭和戦前から平成初期にかけて活躍した彫刻家。東京都練馬区内や愛媛県内に建立されている《うたかたの譜》のような、若く爽やかに知的な青年男子の健康な身体を表現することに秀でていたことで知られるが、実は高山彦九郎のような歴史人物の表現にも優れていた。この特攻勇士の像《とこしえに》は、云わば両方の手腕をともに発揮したものと見ることもできるだろうか。何と云っても、厳粛であるべき像に厳粛な品格を生じさせ得ているのは彫刻家の生真面目な人柄の賜物であるに相違ない。
近くに建つ特攻勇士の母の像《やすらかに》も含めて、英霊の像《とこしえに》を中心とする屋外展示を、炎天下に鑑賞すること約二十五分間に及んだ。
次いで、特攻平和観音堂に拝礼。途中、いくつもの石碑等を見た。中でも特に心を打つのは、「特攻の母」として親しまれる鳥濱トメの歌「散るために咲いてくれた桜花知るほどものの見ごとなりけり」。
知覧町護国神社にも参拝し、復元された三角兵舎を見学したあと、一時四十分頃、知覧特攻平和会館へ入館。靖国神社遊就館にも比肩し得る程の充実した内容に圧倒された。とても一日で見終えることができるような分量ではないと諦め、今回は一通り眺めておくにとどめるしかなかった。
奥の展示室には、伊藤五百亀による特攻勇士の像《とこしえに》の小さな石膏像が展示されていた。原作と云ってよいのかもしれないが、屋外にある完成作の大きな銅像と比較すると、どうも顔が違うように見えるので、これをそのまま拡大して鋳造して完成作にしたのではなく、習作を石膏像にして保存したのがこれではないだろうか。
受付で書籍四冊、売店で書籍二冊を購入して、知覧特攻平和会館を出たあと、続けて隣接する南九州市立博物館「ミュージアム知覧」にも入館。知覧の古代から近世までの、考古、民俗、歴史の展示。食生活に関する展示は特に興味深く見た。隠れ一向宗に関する展示には気合が入っていた。企画展示室では知覧教育隊の歴史について当時の貴重な写真とともに詳細に解説していた。ここでも図録三冊を購入。
こうして大荷物を抱える事態になりつつも、三時頃に博物館を出たあと再び特攻勇士の像《とこしえに》のある公園へ。色々な角度から眺めていて、気付いたら十八分間も炎天下で過ごしていた。大荷物を抱えて炎天下で歩き回って流石に疲れ果てたので、参道の茶店でチョコレイトと抹茶のソフトクリームを買って木陰で暫し休憩。知覧は「知覧茶」と呼ばれる茶の産地でもあり、抹茶のソフトクリームは知覧の名物でもあるようだ。知覧は今や特攻隊の史跡として有名だが、もともとは「薩摩の小京都」とも形容される程に武家文化の栄えた土地だったらしく、武家屋敷と庭園と知覧茶はその歴史を今に伝えているのか。
武家屋敷のある一帯には「特攻の母」鳥濱トメの富屋食堂も位置しているようであるから(現在は「ホタル館」として一般公開)、やはり行って観ておきたいとは思ったものの、特攻観音入口のバス停留所へ行ってみれば約十分後に天文館へ帰るバスが到着すると判明し、こうなると、大荷物を抱えて疲れ果てているので一刻も早く帰りたいという願望が強くなり、今回は断念せざるを得ないと判断した。
知覧特攻平和会館の受付で頂戴した地図を見ると、周辺には戦争遺跡が数多あるのに加えて、休憩のための施設としては料理店の他にパン店も温泉もあるらしい。二日間位かけて来るに値する。
三時五十六分に出発し、五時二十分頃に天文館へ帰着。途上には再び晴天下の錦江湾の彼方の桜島を見ることができた。ホテルへ戻って暫し休憩したあと、夜七時頃に外出。今宵はどこで夕食を摂ろうか悩みながら歩き回った挙句、結局は、宿泊しているホテルへ戻り、その一階の食堂で夜だけ開店するらしい居酒屋「黒や人情亭」に入り、地鶏の串焼、黒豚の串焼二種、椎茸の串焼、そして鶏飯(けいはん)で夕食。美味で、しかも安かった。天文館に泊まった夜には街中を歩き回らなくとも多分ここに来れば間違いがないとさえ思った。