旅行記二/大和文華館/中野美術館/鹿と人力車/奈良国立博物館

旅行記二。
朝、目を覚ましたとき既に十時を過ぎていた。楽しみにしていたホテルの朝食を食べることができなかった。誠に残念。室外では各室の清掃が始まっていたのか、忙しそうな音が聞こえていた。まだ眠かったが、宿泊室内で寝て過ごしては意味がないので、急ぎ準備を整えて十一時頃に漸く外出。地下鉄御堂筋線淀屋橋駅から難波駅を経て近鉄学園前駅へ着いたのは十二時頃。駅の売店にある柿の葉寿司で弁当を購入して大和文華館へ行き、裏庭で菖蒲池の風景を眺めながら昼食。十二時半には館内へ入った。
大和文華館で一月六日から二月十七日まで開催されている展覧会「江戸後期の美術-都市文化の洗練」を観照。幕末の復古大和絵派の画家、岡田為恭の屏風を見たいと思って来たが、屏風よりはむしろ若いときの画巻、天保十二年(一八四一)の「善教房絵詞摸本」が良かった。屏風の大画面に制作された着色画は何れも典雅だが、遠くから全体を見れば広々として華やかであるのに対し、近寄ると意外に荒いのに驚かされた。
この展覧会は「写実趣味・西洋趣味」、「文人趣味」、「尚古趣味」の三部で構成されている。西洋趣味の書画で最も迫力があるのは宋紫石の明和五年(一七六八)の作「ライオン図」。実に華麗。石川孟高の「少女愛猫図」はその原画である英国十八世紀の版画「ミス・トリンマー像」と展示されていて、水墨画で西洋の画法をいかに巧みに摸していたかを存分に比較することができる。司馬江漢の「海浜漁夫図」も楽しめる。円山応挙の「東山三絶」は東山の楼閣とその彼方の京都の遠望との間の距離感が巧みに描かれて、淡々とした墨画であるのに臨場感がある。応挙の「鱈図」は大胆。伊藤若冲の「釣瓶に鶏図」は優美。
文人趣味の部は西洋趣味の部に比して量は少なかったが、質は高く、見応えでは負けていなかった。特に楽しいのは池大雅の「七老戯画図」。大雅の描く人物は子供でも老人でも常に愛らしい。呉春の「春林書屋図」は、与謝蕪村文人画によく似て、淡くも多彩な色彩に満ちて晴れやか。田能村竹田の天保四年(一八三三)の作「親鸞上人剃髪図」は、いかにも竹田らしい爽やかな山水の中に小さく、少年時代の親鸞慈円に連れられて歩く姿を点じていて、その温雅で優美な趣は、岡田為恭の大和絵にも通じるかもしれない。牛車の姿もどこか愛らしい。
昼二時十九分に館を出て、近くにある中野美術館へ。洋画の展示室には須田国太郎の油画や岸田劉生の素描が並び、日本画の展示室には小林古径や入江波光、村上華岳の作品が並んでいた。富岡鉄斎の四幅は書と画の双幅二点で何れも大幅。若い頃の作品で、詩と画の内容が一致しないのも面白い。二つの展示室を繋ぐ階段の踊場には大きな窓があり、菖蒲池の景色や、対岸の丘の上にある大和文華館の重厚な建築が見える。二時五十九分に美術館を出た。
学園前駅から近鉄奈良駅へ移動。冬の鹿は、角がなく毛も黒くなって寒そうな姿をしているが、目の美しさ、愛らしさは変わらない。鹿を眺めながら歩いていたとき、地下道のかなり手前で、人力車の若者から眩しい笑顔で声をかけられた。道に迷っているように見えたのだろうか。乗る意はないと応えれば行先を訊かれ、博物館と応えれば道を教えてくれた。観光客の人気を集めそうな人だった。
三時四十五分に奈良国立博物館へ入った。特別陳列「おん祭と春日信仰の美術」を観照。急ぎ足に見たが、半ば見終えたところで閉館三十分前の告知があったので慌てて見終えて、「新たに修理された文化財」を急ぎ回り、さらに急いで奈良仏像館も数分間だけ見て気分だけ味わった上で夕方五時に退出。鹿の姿を暫く眺めたあと、近鉄奈良駅へ。駅に近い食堂で早めの夕食を摂り、和菓子店で菓子を買って黒豆茶を頂戴したのち、近鉄奈良駅を出立。移動中は寝ていた。六時五十分頃に淀屋橋駅へ到着。駅を出てみれば、近くの道路が色とりどりの電飾で華やいでいた。「御堂筋イルミネーション」と云うらしい。暫く眺めたあとホテルへ帰着した。