旅行記/出張記

旅行記一/出張記。
急遽出張しなければならなくなったので昨夜までに準備を済ませ、今朝八時四十分頃、タクシーを呼んで出立。松山空港から羽田空港へ行く間、荷物を預けず客室へ持ち込んだのは、羽田空港に着いてから直ぐに移動を開始できるようにするため。羽田空港からは京急線で横浜へ行き、JRに乗り換えて、昼一時十分頃には待ち合わせ場所の駅へ到着。駅前のパン店で小さな菓子パン二個を買って昼食。
他の人々と合流して二時頃に一軒目の訪問先へ到着。思いのほか重かった会議が終わったのは、確か三時頃だったろうか。駅へ戻り、古都の駅の一つへ移動し、四時半頃、二軒目の訪問先へ到着。和やかに終わった。タクシー分乗のため訪問先の前で先ずは二手に分かれ、次に駅前で、方角を同じくする者二名だけ先に出る格好で散会。駅を出立したのは夕方六時前だったろう。横浜駅で分かれた。
横浜駅の中央北口のコインロッカーに預けておいた荷物を取り出して、六時半頃、関内駅へ到着。馬車道にあるホテルへ入ったあと直ぐに外出。関内のホテルへ泊ることになったのは適度な料金の空室がそこしかなかったからだが、折角、関内に来た以上は有名な横浜中華街を見物しておこうと思い、球場の脇を通って中華街へ。長崎新地中華街に比して流石に広大で、値段も高い店が多いのには驚かされた。あまり高くはない店を見付けたので、そこで夕食。さらに歩いていたところ、巨大で派手な建物があり、そこにはフードコートがあったらしい。その直ぐ近くにはさらに派手な建物があり、見れば媽祖廟だった。中には入れなかったが、外から見物。門の脇には関帝廟への道案内もあったので、関帝廟も見物。八時四十分頃に街を出て、雨中、ホテルに帰る途上、朝倉響子の「ニケとニコラ」という彫刻があった。
夜十一時頃だったか、極度に眠くなり、起きたのは翌朝六時頃。ゆえに四月三日六時五十一分に記之。