仮面ライダー鎧武第三十四話

平成「仮面ライダー」第十五作「仮面ライダー鎧武」。
第三十四話「王の力と王妃復活」。
一体このテレヴィドラマ内の世界では何が起きているのか。主人公の鎧武=葛葉紘汰(佐野岳)はそれを全く把握できていない。どう対処すればよいのかを見通せていないのは当然のことで、劇中の人類の誰一人、現時点では見通せていないと見受ける。視聴者でさえもそうだろう。しかるに幸い、視聴者には何が起きているのかを見渡すことだけはできる。なぜなら劇中の世界で生じていることは、人類の力をはるかに超越した強大な力の侵略であり、しかるにその力を操る者の姿と言動は、視聴者には明かされているからだ。
世界を操ろうとしているのはヘルヘイムの森から来た緑色のオーバーロード、レデュエ(声:津田健次郎)であり、世界を操る力を真に有しているのは白色のオーバーロードの王、ロシュオ(声:中田譲治)に他ならない。
レデュエの真の狙いは、ロシュオが既に不当にも確保してしまっている地球の人類のための「知恵の実」を巧妙にも譲り受けることにあり、そのための手段として、ロシュオの王妃を復活させるための技術と燃料を開発することを考えている。
レデュエの見る限り、ロシュオは既に「枯れて」いて、王妃の復活のことにしか興味を持っていない。ロシュオが地球の人類のために生えた「知恵の実」を横取りしたのは王妃を復活させる力を得たいからだったが、生憎、「知恵の実」で王妃を復活させるには王妃に「知恵の実」を食べさせなければならないにもかかわらず王妃は既に亡くなっているから「知恵の実」を食べようともしてはくれない。完全に宝の持ち腐れになっていたのだ。思うに、DJサガラ(山口智充)の要請に屈してロシュオが「知恵の実」から「極アームズ」のロックシードを創出して人類に授けることを許したのも、現時点で「知恵の実」が宝の持ち腐れにしかなっていないのを自覚していたからこそではなかったろうか。そのことを見て取ったレデュエは、「知恵の実」を用いることなく王妃を復活させる方法を発見することができれば、ロシュオから「知恵の実」を譲り受けることができるに相違ないと考えた。この考えは概ね正しかったらしい。なぜなら万能のロシュオはレデュエの狙いを見抜いた上で、それでもなお、今はレデュエに自由を許しているからだ。
問題は、「知恵の実」の力によってさえも復活させ得ていない王妃を、どのようにして復活させ得るのか?の一点にあるが、実のところ、レデュエがヘルヘイムの森から地球へ侵入してきたのは、開発の可能性に気付き得ていたからだったようだ。クラックの彼方にある人類(「サルども」)がヘルヘイムの森にあるフェムシンム類よりも高度な機械文明を発展させているらしいことを予て察知していたレデュエは、己の高度な知性で人類の科学技術をさらに発展させれば王妃を復活させる機械を容易に開発できると予感していた。実際、レデュエは地球に来て間もないにもかかわらず早くも、復活のための機械を開発することに成功した。復活のためには膨大な燃料を要するが、幸い、燃料は地球上に膨大にある。人類を燃料に使用するのだ。早速、レデュエは配下のオーバーロードやインベスに命じて燃料としての人類の収集を始めた。
同時に、レデュエは地球上の人類の世界の制圧にも着手した。「知恵の実」の力を借りるまでもなく、オーバーロードの力のみによって制圧し得ると読んでいた。読みの根拠は主に二つ。一つは、人類が(フェムシンム類に勝るとも劣らず)同胞を安直にも虐殺して犠牲にしてしまえる愚劣な連中であること。そのことはユグドラシルが「アーク計画」と称して全人類の七分の六に相当する六十億人もの人類を十年間以内に削減しようとしていたことから明白だった。もう一つは、ロシュオの力があれば人類のどのような武力であろうとも、たとえ核兵器であろうとも余裕で跳ね返し、消し去り得ると予測できたこと。これら二つの点から考えるなら、もし日本の沢芽市内のユグドラシルタワーを占拠したレデュエが全世界を征服する意向を表明して宣戦布告したなら、各国政府は日本の沢芽市へ向けて核弾頭ミサイルでも発射することだろうが、ロシュオの力があれば瞬時に攻撃を無力化することができるから、結局、オーバーロードに対する人類の無力、無能を、全世界の人類に思い知らせることができるはずだ。そのとき、もはや人類は抵抗することを諦め、オーバーロードに無条件降伏して占領下に入ることだろう。ロシュオの力を借りたレデュエは、戦うことなく容易に地球上の全世界を制圧できると読める。そこでレデュエは、王妃復活のための機械の開発に成功したところで早速、ロシュオに直々の出陣を奏請し、同時に、全世界の放送電波を乗っ取って全世界へ一斉に宣戦を布告した。
案の定、各国政府はレデュエの居城となった日本の沢目市へ向けて直ぐに「戦略ミサイル」を発射したが、呉島貴虎(久保田悠来)を伴って地球へ行幸したロシュオは、今回は「レデュエの口車に乗ってやって」人類からの攻撃を軽々と受け止め、消し去って阻止してみせた。
以上が、今回のこの話で繰り広げられた事態の全体像であると云えるだろう。これは人類の予知や想像をはるかに超えた強大で不可思議な力によって引き起こされた現象であり、神の力による現象である以上は、一種の自然現象であるとも云える。自然現象を完全に阻止する力は人類にはない。火山や地震津波を踏まえれば了解されよう。
こうした中で鎧武=葛葉紘汰やバロン=駆紋戒斗(小林豊)に残された唯一の可能性は、「知恵の実」を獲得して世界の王になることの外にはないと自覚しつつあることだろう。
対するに、邪悪で愚劣な陰謀家の龍玄=呉島光実(高杉真宙)は、レデュエの盟友、レデュエの参謀、レデュエの官僚となることで全世界を意のままに操る側に立つことができると見込んでいる。己の居場所がどこにもなくなってしまった今ある世界を先ずは滅ぼして、そのあとに己の居場所そのものである理想の世界を創造したいと考えている。恐るべき革命思想、恐るべき構造改革志向だが、凶悪なレデュエに利用されるだけ利用された末に無残にも捨てられるかもしれない恐れを、全く予想しようともしていないらしい。
世界を守るためには王位に就くしかないのかもしれないと感じている葛葉紘汰や、王位そのものを狙い続けている駆紋戒斗に比較して、やや特異な位置に立っているのはマリカ=湊耀子(佃井皆美)。自ら王位を狙うのではなく王位を狙う者に寄り添い、間近に観察しながら支援して、王を作り出す立場にありたいと願望しているらしい。だが、これは王位に就く者に寄り添うことで王に匹敵する実権を握りたい呉島光実の立場に比して、一体どこが違うのだろうか。実は大差ないとするなら、湊耀子が呉島光実の戦略を「腰巾着」と形容して嘲笑して軽蔑するのは、殆ど近親憎悪であり、余りにも滑稽な話ではないのだろうか。
湊耀子は王位を狙う意志のある者を愛する。葛葉紘汰には王位を狙える力はあっても王位を狙う意欲がないのに対し、駆紋戒斗には王位を狙える力があるか否かを問わず王位を狙う意欲だけはある。だから湊耀子は、かつては呉島貴虎よりも戦極凌馬(青木玄徳)に惹かれ、今は葛葉紘汰には将来性を見出し得ず何も期待できない中で、駆紋戒斗にのみ期待し、心惹かれている。そして呉島光実に対しては嫌悪感しかない。
呉島光実にとって甚だ不都合だったのは、湊耀子が呉島光実の裏の顔を知っている点にある。呉島光実が親友であるはずの葛葉紘汰をなぜか憎悪して、幾度も執拗に抹殺しようと企ててきたことも、実兄の呉島貴虎を見殺しにしてその武器を横取りし、今やアーマードライダー斬月・真になり済ましていることも知っている。駆紋戒斗も早くから呉島光実の正体に気付き、少なくとも葛葉紘汰に対する呉島光実の敵意、殺意の存在を把握してはいるが、斬月・真の偽者の正体であることにまでは気付いていない。だが、それを云うなら、そもそも湊耀子こそは呉島貴虎を抹殺ししようとした連中の一員ではないか。
実に複雑な構図があるが、そうした中で事態の真相を深刻なところまでは知らされないまま懸命に闘おうとしているのが、ナックル=ザック(松田岳)と、意外にもブラーボ=凰蓮・ピエール・アルフォンゾ(吉田メタル)、グリドン=城乃内秀保(松田凌)の三人。ペコ(百瀬朔)は戦力を有しないので戦いようがないが、反面、既に凰蓮・ピエール・アルフォンゾ相手にも軽口を叩ける程に打ち解けていた。
葛葉紘汰の唯一人の肉親である姉の葛葉晶(泉里香)は、インベスに襲撃されたとき、己の生命よりも他の人々、特に小さな子供の生命を優先して守らせることを弟に命じた。なるほど、この姉と弟には似たところがあるということがよく解る。