仮面ライダー鎧武第四十三話

平成「仮面ライダー」第十五作「仮面ライダー鎧武」。
第四十三話「バロン 究極の変身!」。
葛葉紘汰(佐野岳)は、決戦を挑んできた呉島光実(高杉真宙)からの攻撃を、かわすことなく受け止めた。なぜなら葛葉紘汰は呉島光実を許すつもりだったからだ。呉島光実が己を抹殺しようと仕掛けてきていることをわかった上で、それでもなお、許したかった。だから致命傷になりかねない攻撃を受けながら、同時に呉島光実のベルトから「ヨモツヘグリアームズ」を奪い、破壊した。使用者から生命力を奪う危険な武器を解除することで呉島光実を致死の危険から救った葛葉紘汰は、同時に己の身体に致命傷を負った。そして葛葉紘汰は最近まで仲間だった呉島光実を許し、同時に、呉島光実に対しても呉島光実自身の今までの罪を許してやることを求めて、そして倒れた。
葛葉紘汰は気を失っただけであるのかもしれないが、呉島光実はそうは思わなかった。大切な友だった人を殺害して己も死ぬつもりだったにもかかわらず、相手からは己の生命を救われ、己の罪を許され、己自身の罪を許すことをさえ求められた末に、相手を死なせてしまったと認識した。
この瞬間、呉島光実も漸く正気をやや取り戻し得たかに見える。葛葉紘汰が本当に大切な友だったことを漸く思い起こし、己自身の罪をもはや許すことなんかできないと感じた。それでもなお、葛葉紘汰に許してもらえる行動があるとすれば、唯一、高司舞(志田友美)を守ること以外にはないと考え、高司舞の許へ走った。
しかるに、そもそも大切な高司舞の身体を選りにも選って「プロフェッサー凌馬」こと戦極凌馬(青木玄徳)に委ねること自体が、最もあり得ない愚劣な選択だったと云わざるを得ない。人を騙すことも裏切ることもできない底抜けの善人の葛葉紘汰を疑って、常に人を騙し続け裏切り続けてきた悪人の戦極凌馬を信頼するというのは、まともな人間であれば決して選び得ない行為だろう。かつて呉島光実は生前の兄、呉島貴虎(久保田悠来)を評して、信頼してはならない人物を信頼する愚か者であると馬鹿にしていたが、この評は呉島光実にこそ最も妥当する。彼こそ、常に間違え続けてきたのだ。
高司舞は戦極凌馬の「手術」によって既に亡くなっていた。手術の目的はあくまでも「黄金の果実」の摘出にあり、高司舞の身体と生命を保全する意図なんか全くなかったに相違ない。騙されていたことに気付き、大切な人々を全て失ったことに気付いて呉島光実は怒り狂ったが、戦極凌馬は冷酷な真実を突き付けた。
「貴虎に教わらなかったのか?なぜ悪い子に育っちゃいけないか、その理由を。嘘つき、卑怯者、そういう悪い子供こそ、本当に悪い大人の格好の餌食になるからさ!」
実際、呉島光実は常に周囲の人々を騙して利用しようとしてきて、却って騙されて利用されてきただけだった。そして全てを失ったのだ。
だが、「悪い子供」が罰を受けたあとには「本当に悪い大人」が罰を受けなければならない。
戦極凌馬が摘出してガラスの瓶に保存していた「黄金の果実」は、そのガラスを割って金色に輝く高司舞の精神と化した。身体は生命を失って横たわったままだが、精神は「黄金の果実」そのものと化して蘇った。それこそはDJサガラ(山口智充)が「始まりの女」と呼んだ女神に他ならない。
今や「始まりの女」と化した高司舞は、呉島光実の間違いを許したあと、この不幸な現実を白紙撤回すべく過去へ飛んだ。歴史を変えようとしたのだが、DJサガラはそれが無謀であり不可能であることを力説した。実際、過去の幾つもの局面において、以後の展開を左右する重要な選択を決断しようとしていた葛葉紘汰や呉島光実や駆紋戒斗(小林豊)の前に現れて何とか思いとどまらせようとした「始まりの女」=高司舞は、思うように言葉を操れなくなってしまうのを思い知った。過去へ遡って歴史を書き換えようとしても、思うようには書き換えることができないように、言動を制限され、抑止されてしまうのだ。いかに神のような「黄金の果実」の力といえども、歴史を覆すまでの力ではなかった。かつて事態が悪化する前までの、まだ気楽だった頃の葛葉紘汰や呉島光実や駆紋戒斗の前に現れた「始まりの女」が、どういうわけか謎めいた言葉しか発しなかった理由、何も重要なことを説明してはくれなかった理由は、結局、多様な小さな出来事の集積と連鎖と因果の一体化した巨大な総体としての、歴史というものによる抑止力の結果だったのか。
ともかくも、こうして苦心の陰謀の末に手中に入れたはずの「黄金の果実」をあっさり見失った戦極凌馬は、一体どうすれば良いのかを必死になって計算し始めた。高司舞の遺体の傍らで呉島光実が狂って泣き崩れていたとき、直ぐ近くでは戦極凌馬が狂ったように数式を解いていた。恐ろしい光景だ。
そこへ駆け付けた駆紋戒斗は戦極凌馬に決戦を挑み、戦極凌馬は自身の発明品である駆紋戒斗の武器を予め仕込んでおいた装置によって無効化して有利に戦おうとしたが、重症の駆紋戒斗は逆転を期して極めて大胆な賭けに出た。近くにあったヘルヘイムの植物の実を自ら摂取してみせたのだ。彼の腕にはフェムシンム類のオーバーロードの攻撃による傷があり、傷口には既にヘルヘイムの植物が発生しつつあった。一般に、ヘルヘイムの森のインベスから攻撃を受けて負傷した場合、その傷口からはヘルヘイムの植物が生え、やがてはヘルヘイムの植物と化してしまう。だが、駆紋戒斗はアーマードライダーのベルトを常に装着することで痛みに耐え、植物化をも抑制し続けることに成功してきた。そんな彼がヘルヘイムの森の果実を摂取した場合には何が起きるのか。一般には、ヘルヘイムの森の果実を摂取した動物はインベスと化してしまうが、アーマードライダーのベルトの力を借り続けることで極めて特異な体質を獲得し得たことを自覚している彼には勝算があったらしい。もはや失うものなんか何もない彼には、たとえインベスと化してしまおうとも構わないという思いもあったのかもしれないが、多分、それ以上に勝算があったのだろう。インベスではない何者かになり得るはずであると直感し得ていたようだ。
駆紋戒斗がこうして奇策によって自力でオーバーロードに進化するというのは、どのようなメカニズムによるものであるのか定かではない。戦極凌馬の頭脳でも予測できなかった。だが、戦極凌馬が駆使するような科学も技術も有しないフェムシンム類の王ロシュオがオーバーロードになり得た以上、そうした奇策があり得ることは想像できた。駆紋戒斗は己の身体の知によって真理を掴んだのだ。
だから彼は、卑劣な戦極凌馬に真理を突き付けた。「貴様の真理など、机上の空論。俺の真理は、この拳の中にある」。最も確実な力のみを追い求め続けてきた彼に相応しい真理に相違ない。
このとき駆紋戒斗が戦極凌馬を締め上げていた姿は、そのまま先程の、戦極凌馬が呉島光実を締め上げていた姿に重なる。しかし大きな違いもある。戦極凌馬が呉島光実に突き付けた言はそのまま戦極凌馬自身にも跳ね返りそうであるのに対し、駆紋戒斗が戦極凌馬に突き付けた真理は、駆紋戒斗と戦極凌馬との間の互いに相容れない違いをのみ表しているからだ。ここにおいて戦極凌馬は己自身の悪意、己自身の悪事によって当然の報復を受けたのであると見ることができようか。「悪い子供」を騙して利用した「本当に悪い大人」が罰を受けた。駆紋戒斗によって壁に投げつけられ、心身ともに正気を喪失した勢いで高層建築の屋上から墜落した戦極凌馬の無残な最期は、今までの悪事の数々から見れば生温いとさえも思われる。
呉島光実の悲しみと戦極凌馬の負け惜しみ、戦極凌馬の冷たさと駆紋戒斗の力強さがそれぞれ対比をなして組み合わされていた今日のこの第四十三話において最も強烈な対比をなしたのは、最後の、戦極凌馬の醜い敗北と、冒頭の、葛葉紘汰の美しい寛容との間にあった。転落と昇天との対比だったとも云える。