きょうは会社休みます第九話

水曜ドラマ「きょうは会社休みます。」第九話。
結婚を望んでいた青石花笑(綾瀬はるか)のため田之倉悠斗(福士蒼汰)は東応大学の大学院への進学も米国への留学も辞め、帝江物産デザート原料課長の立花貴昭(吹越満)からの誘いに乗じて同社に就職することを決意した。その決意を明かされ、さらには田之倉悠斗の母、時子(鈴木杏樹)から贈られた高級温泉旅館の宿泊券で婚前旅行まで堪能して幸福の絶頂にあったはずの青石花笑は、幸福の只中に一人で苦悩し始め、遂には田之倉悠斗に決別を申し出た。
その論理を理解することはできる。田之倉悠斗と出会って以来、一緒に過ごして味わい得て来た幸福の数々を不図振り返ったとき、相手が与えてくれた幸福に対して全く返礼をなし得ていないように感じられて苦しく思われてくる…というのは、青石花笑のような変人でなくとも、よくありがちな思考であるに相違ない。幸福は一緒に作ってきたのであり、相互に与え合ってきたのであるとは俄かには感じられないのだろう。特に青石花笑の場合、己との結婚を決意したことで田之倉悠斗に将来の志望を変更させてしまい、そのことに対して抱く負担感はそもそも軽くはなかった。しかも今回は、武士沢吉洋(田口浩正)の料理店「紅岩」で偶然、東応大学経済学部経営学科の関係者に遭遇し、田之倉悠斗の進路の問題について彼に悪影響を及ぼしたのではないかと疑われ、責められるという通常あり得ない事件までも発生し、青石花笑の密かな苦悩は現実によっても裏付けられる格好になってしまった。
結婚のために進路を変更したことが田之倉悠斗にとってどの程度の負担であるのかは実は明らかではない。大きな負担、多大の犠牲であるに相違ないと周囲は思い込んでいるが、本人は全然そのようではない。しかし青石花笑は田之倉悠斗に多大の負担を強いていると感じて、そして敢えて云ってしまえば、そのことに負担を感じたということでもあるだろう。結婚のために互いに不幸になろうとしているのではないか?と青石花笑は考えて、それで別れることを決めたのだ。
だが、実際には決別こそが青石花笑にとっては多大の犠牲であり、田之倉悠斗にとっても多大の犠牲であるとしか見えない。二人が不幸になる道が選ばれたとしか見えない。決別によって、誰も幸福にはなりそうもない。青石花笑の思考を理解することはできるが、その思考を引き受け得た凄まじい感情を理解するのは、必ずしも容易ではない。
ここにおいて、このドラマには非常に微妙な罠が仕組まれていたと云えなくもない。なぜなら青石花笑には予め朝尾侑(玉木宏)という最上級の選択肢が用意されていたからだ。選択肢がなかったなら(視聴者にとってさえも)耐え難い決断も、選択肢があれば耐え易い。朝尾侑は、恋の終わりに落ち込んでいた青石花笑に対して、青石花笑のような年齢の女子であれば普通は古い恋人を捨てる前に新たな恋人を見付けておくものではないかと云ったが、確かに青石花笑も、田之倉悠斗に別れを告げたとき、己には既に別の恋人として朝尾侑がいるということを告白した。もちろん嘘の告白ではあるが、青石花笑にとって朝尾侑は、田之倉悠斗への嘘を本当らしく見せかけるための口裏合わせを依頼できる仲であると思われていたわけであるし、何よりも、そもそも朝尾侑の側が(第五話において)青石花笑に嘘の夫人役を依頼したこともあった程であり、互いに愛し合う仲であるかのように振る舞い得る程度の仲であること、単なる「犬猿の仲」ではあり得ないことを、青石花笑もそれなりには認識できていたと見ることができる。
劇中の青石花笑はそのような冷徹な計算とは無縁の人物として描かれているし、朝尾侑も「大人の男」として悠然とした様子で、田之倉悠斗の若さ、拙さ、軽さを批判するばかりであるから、まるで青石花笑が犠牲者でしかないかのように思えてしまうが、細かく見てゆけば、そんなことはあり得ない。
ところで、青石花笑に対して朝尾侑と同じようなことを云った人物として大城壮(田口淳之介)があった。朝尾侑の言動が青石花笑への好意に基づく以上、大城壮の言動も青石花笑への好意に基づいているように見えて当然ではないだろうか。