コロコロ創刊伝説

未明の地震で急遽出勤し、徹夜したが、朝には解放され、電車で帰宅。
午前中、京都アニメーション京アニショップ!から『Free! seriesCREATION NOTEBOOK vol.5』が届いた。頑丈で綺麗な箱も同封されていた。『CREATION NOTEBOOK』全五冊を揃えれば、この箱に綺麗に収納されるのだろうと思われるが、生憎、vol.1とvol.5の二冊しか購入していない。揃えるべきだろうか。
地震の不安はあったが、眠かったので寝て、起きたのは夕方。買物のため高島屋へ。用件を終えたあと、現在開催中の北海道物産展を見物し、ロイズのクルマロチョコレート(ミルク)と、レトルトの帆立カレーとタラバ蟹カレーを購入。銀天街を歩き、書店で贈物用の一冊を購入。このとき、のむらしんぼ『コロコロ創刊伝説』第一巻を見出し、面白そうだったので購入した。
昔、小学館『月刊コロコロコミック』に連載された「とどろけ!一番」で人気を博した漫画家のむらしんぼ。一時は、すがやみつるゲームセンターあらし」と双璧をなしたが、ゲームに比較して受験というのは無理があったのか、やがて受験編からボクシング編へ移行するという奇妙な迷走を見せた。心配した読者も少なくなかったろう。『コロコロ創刊伝説』は、作者のむらしんぼ自身の苦難の半生をたどりながら、『コロコロコミック』創刊の頃の編集者たち、漫画家たちの苦闘と情熱と栄光の歴史をも回顧する物語。編集者によるコラムも充実。時代の変化の中でも変わることのない「コロコロ魂」を知ることができる。
還暦前ののむらしんぼにこの漫画を描くことを提案した編集者は石井宏一。この人は多分、たかはしひでやす『怪盗ジョーカー』の三代目の編集者だろう。迷走していたのむらしんぼに石井宏一が時代の変化を語る場面には現在の『コロコロ』の人気キャラクターが集められていて、もちろん怪盗ジョーカーの顔もある(14頁)。
一巻を通して面白い話の連続だが、最も興味深いのは「タコ部屋伝説」。のむらしんぼが締切に間に合わなくなりそうだったとき、同時期に『コロコロ』に連載していた漫画家仲間の方倉陽二、田仲哲雄、キド・タモツ、田中道明、勝木一嘉が集結し、手伝ってくれたという話。このような協力関係が成立し得たのは、初代編集長の千葉和治の発案で、編集部の隣に「タコ部屋」と呼ばれる若手漫画家たちのための執筆室を設けて、普段から交流と相互協力の関係を作り出していたからこそ。このような「コロコロファミリー」の精神が今なお受け継がれていることは、たかはしひでやす『怪盗ジョーカー』第六巻の「おまけコーナー」(183-187頁)からも窺える。
印象深いのは、『コロコロ』新年会(『コロコロ創刊伝説』101-107頁)の場面に垣間見える「天下の大先生」、藤子・F・不二雄の存在感の大きさ。そもそも、『コロコロ』創刊号の全五百二十頁の内二百頁を「ドラえもん」が占めていたという驚異の事実(43頁)は、漫画愛読者の年齢層が高くなってゆく中で児童漫画の衰退が始まっていた当時、それでもなお「漫画は本来、子供のものだったはず」(39頁)という信念から児童漫画の復活のため『コロコロ』を起ち上げた編集者二名が、いかに「ドラえもん」の力を信じていたかをよく物語る。実際、「ドラえもん」の力によって『コロコロ』は直ぐに大人気雑誌となった。『コロコロ』の背表紙を飾るのが今なお「ドラえもん」であり続けているという事実は実に重い。これもまた「コロコロ魂」の表れだろう。
それにしても、『コロコロ』創刊の時点で既に一般には「児童漫画誌は風前の灯火」だったという事実(『コロコロ創刊伝説』34頁)には考えさせられる。ここで再び『怪盗ジョーカー』に目を向けるなら、そのアニメ化の計画が三年間も滞った理由も、「子ども向けで新しいのは難しい」ということだった(第十八巻169頁)。

コロコロ創刊伝説 1 (てんとう虫コミックススペシャル)