旅行記/神戸市立博物館の古代ギリシャ展/アドニス・ベルト雑感

かなり早く起きて、かなり早めに朝食を摂って、準備を整えて五時二十分頃にはタクシーを呼んで出立。JR松山駅を六時十三分に出て、岡山駅で新幹線に乗り換え、新神戸駅で降りて、地下鉄で三宮駅へ。十時二十分頃、神戸市立博物館に到着。
四月二日まで開催されている特別展「古代ギリシャ ―時空を超えた旅―」を鑑賞した。
一般に古代ギリシア美術の展覧会は大英博物館ルーヴル美術館のような西欧列強諸国の大美術館の蔵品で構成されるが、今回の展覧会は全てギリシア国内の美術館や考古博物館の蔵品のみで構成されていて、多くは初めて来日した遺物であるらしい。素晴らしい企画ではあるが、この企画はギリシアが財政危機に陥ったからこそ容易に実現され得たのだろうことも踏まえておくべきだろう。
ギリシア国内に蔵される文化遺産によって構成された展覧会であるから、従来の、大英博物館ルーヴル美術館の蔵品による展覧会よりも確実に、古代ギリシア美術の本来の姿を伝えることができている。実際、神戸市立博物館では数年前に大英博物館所蔵品による古代ギリシア美術展を開催したが、あのときは、十九世紀の西洋人が抱いていた誤った趣味によって大理石を磨き過ぎて無残にも滑らかになり過ぎてしまった彫刻が展示されていた。あれは実に酷かった。その点、今回の展覧会に並んでいるのは主に、独立後のギリシアが土中や海中から発掘した出土品であり、誤った西洋風の趣味による変形を免れている。そこがこの企画の真の意義であると云える。
数多い展示品はそれぞれ興味深かったが、最も明るく華やかであるのは、エーゲ文明を象徴する名品中の名品、紀元前17世紀、サントリーニ島の《漁夫のフレスコ画》。場内を圧する存在感を誇示したのは、紀元前520年頃、ボイオティア地方のアポローン神域の《クーロス像》。陶器画では、紀元前440-430年頃、「ポリオンの画家」による《アッティカ赤像式ペリケ 戦士の出立》や、紀元前440-430年頃、「アキレウスの画家」の関連の画家による《アッティカ赤像式レキュトス 墓前の戦士》、紀元前470年頃、「シュリスコスの画家」による《アッティカ赤像式渦巻型クラテル パライストラ(運動場)の光景》を気に入った。大理石の浮彫では、紀元前420年頃、《青年を表わした奉納浮彫》。青銅像では、紀元前2-1世紀、《レスラー小像 征服者としてのプトレマイオス5世》。丸彫の大理石像では、紀元前2世紀後半、《競技者像》が何といっても美しい。ポリュクレイトス派の原作に基づくと考えられているらしいが、流麗な姿をしていて、その印象はプラクシテレースの作と伝えられる有名な(石膏デッサンで馴染み深い)幼ディオニューソスを抱くヘルメース像を連想させるかもしれない。換言すれば、世に流通するポリュクレイトスの模写作品は本来もっと流麗な姿に表されるべきだったということだろうか。紀元後130-140年頃の《アンティノウス像》は安定の美少年。一目でアンティノオスと判る神々しい顔をしている。もっと人間らしい美少年であるのは、紀元後150-170年頃、《ポリュデウキオン胸像》。会場内では、紀元前340-330年、《アレクサンドロス頭部》と、紀元後1世紀後半、《アリストテレース像》が対峙する格好になっていたのが面白かった。
英国の美術史家ケネス・クラークが述べたように、名作《クリティオスの少年》以降、古代ギリシア美術における身体イメージの表現を極めて魅力あるものにしているのは、両脇腹から股へ向けてV字型をつくる筋肉の段差に美を見出してそれをかなり誇張して造形してみせた点にある。この造形は世に「アポロンのベルト」とも「アドニス・ガードル」とも呼ばれるらしいが、今日では多分、「アドニス・ベルト」という呼び方が特に好まれている気がする。本来なかなか上手く鍛えられない部分であるのかもしれないのに、今日では、古代彫刻そのままの形に上手く鍛え上げてみせる人々が少なくなくなっているのかもしれないが、それは古代人の想像力が現代人の運動の科学を通じて身体の形を変えたということ、換言すれば、古代の美術が現代の自然を変えたということに他ならない。まさしくオスカー・ワイルドの「芸術は自然を模倣せず、自然が芸術を模倣する」の見事な実例の一つであると云える。
会場を出ればグッズ売場。しかしグッズ類は意外に乏しく、心惹かれる商品がなかった。図録は既に東京で入手しておいたので、ここでは絵葉書数枚とクリアファイル二枚と、競技者像マグネット二個等を購入。
昼一時二十分頃に博物館を出た。どこかで軽く昼食を摂ってから京都へ移動し、久し振りに京都ギリシアローマ美術館へ行こう!と思っていたが、生憎、「らしんばん」の看板を見かけてしまい、何となく「アニメイト」や「らしんばん」に寄って一時間以上も過ごしてしまったので、京都へ行くのを断念。結局、「アニメイト」では何も買わず、「らしんばん」ではイルカに扮した七瀬遙の小さなフィギュアを一個。高架下の食堂で、玉子二個を用いたカツ丼で遅い昼食。地下鉄で新神戸駅へ行き、岡山駅で乗り換えて松山駅へ着いたのは夜八時半。