大河ドラマ風林火山第十一話

NHK大河ドラマ風林火山」。原作:井上靖。脚本:大森寿美男。音楽:千住明。主演:内野聖陽。演出:清水一彦。第十一回「信虎追放」。
今宵は武田信虎仲代達矢)の追放という極めて激しく熱いドラマがあったが、その大きな事件に向けてそれに勝るとも劣らず興奮度の高いドラマが連続してあった。実に濃厚な四十五分間だった。
武田晴信市川亀治郎)は、板垣信方千葉真一)と飯富虎昌(金田明夫)、甘利虎泰竜雷太)とともに弟の武田信繁嘉島典俊)と諸角虎定(加藤武)と小山田信有(田辺誠一)と対峙し、謀反について事情を説明した。だが、これは単なる事情説明ではなかった。杉戸の外には教来石景政(高橋和也)をはじめとする多くの家臣たちが控えていて、非常事態に備えていたからだ。ここに武田晴信の賢さに裏付けられた恐ろしさがある。たとえ弟が抵抗するようなことがあっても、殺すことなく「殺す」ことを、兄は考えていたのだ。だから弟の心を知った晴信は、己の恐ろしい考えを恥じたわけなのだ。
小山田信有は駿河の今川家と通じていて全ての動きを予め把握していた。しかし彼は駿河のために駿河に通じていたのではなく、甲斐のために駿河に通じていた。彼の推測するところ今川家の真の狙いは、謀反を煽って甲斐の分裂を図ること、北条氏康(松井誠)と結託し直して武田家を討つための大義をも得ることにこそあった。甲斐を守るためには「若殿」=晴信を担ぐべきであり、また担ぐしかない。そのことは今や明白だった。
駿河の今川家では、甲斐を追放される予定の武田信虎を迎えに行く使者として、家臣の庵原之政(瀬川亮)等とともに山本勘助内野聖陽)を起用することを決定した。山本勘助を召喚し、命令を下した今川義元谷原章介)と寿桂尼藤村志保)、庵原忠胤(石橋蓮司)、太原雪斎伊武雅刀)。淡々と仕事を進めるのみの善人、庵原忠胤。形式の徹底を求める賢者、雪斎。現場の尊重を許すかに見えて実は憎い敵を処分したい思いの鉄の女、寿桂尼。全てを見渡しつつ、将軍家に連なる名族=今川家の体面、美を優先する源氏の貴人、義元。各自の思惑が交差して、静けさの中にドラマがあった。
こうしたドラマの全てが、信虎追放の場に流れ込んだ。その圧倒的に濃厚な面白さについて語るのは至難の業だが、見逃してはならないのは晴信に二つの対決があったことだ。一つは無論、父、信虎に対する無血の謀反。もう一つは、信虎を迎えに来た使者の、不気味な力強さを湛えた隻眼の浪人、かつて晴信自身が海ノ口城で殺すことなく「殺した」あの山本勘助との意外の再会に他ならない。
武田勢の前を去るとき山本勘助は、今川義元から与えられた美麗な眼帯を外して、かつてミツ(貫地谷しほり)の作ってくれた眼帯を付けた。今川家の命令を形式的に守るのみの臨時の家臣から、本来の山本勘助に戻ったわけだろうが、伝助(有薗芳記)&太吉(有馬自由)の予想に反して、彼が信虎に復讐することはなかった。山本勘助の視線に殺気を感じた信虎からの挑発には乗ったが、信虎に傷を負わせるような真似は慎重に避けた。それどころか功名に走る青木大膳(四方堂亘)が信虎に斬りかかったときには親友の庵原之政等に指示して青木を止めさせ、信虎を守った。
山本勘助は今や、昔の怨念を今なお胸中に燃やし続けながらも、それを秘して、昇華させて、正義のために行動する境地に達したのだ。