仮面ライダー鎧武第十七話

平成「仮面ライダー」第十五作「仮面ライダー鎧武」。
第十七話「桃のライダー!マリカ光臨」。
アーマードライダー鎧武=葛葉紘汰(佐野岳)と「ユグドラシルの手先」のアーマードライダーマリカ=湊耀子(佃井皆美)が死闘を繰り広げた今朝の話の後半の最大の、最高の見せ場において、呉島光実(高杉真宙)が放った「戦極凌馬に伝えろ!紘汰さんは、僕が守る!」という一言には、二重の意味がある。一方においてそれは、葛葉紘汰を最良の「モルモット」として評価し、注目し、期待している「プロフェッサー凌馬」こと戦極凌馬(青木玄徳)のために最大限に協力したいとの申し出ではあるが、他方においては、文字通り、大切な「紘汰さん」を守りたいとの願いであり、「紘汰さん」を守ることができるのは自身でありたいとの「覚悟」でもある。
この物語において最も魅力ある人物である呉島光実には常にこのような二面性があり、二律背反さえもあるが、今朝の話ではそれが幾重にも織り込まれていた。
先週の第十六話において彼は、ユグドラシルにおいてヘルヘイム対策プロジェクトを統括する主任である兄の呉島貴虎(久保田悠来)から、ヘルヘイムの森の真相を突き付けられ、ユグドラシルの真の狙いがどこにあるのかを教えられていた。その内容は視聴者には未だ明かされてはいないが、それを知った呉島光実が、もはやユグドラシルの意思を否定する気にはなれなくなったことだけは間違いない。だから彼は葛葉紘汰が今なおユグドラシルを敵視し、ユグドラシルの秘密を暴いて公表してやろうと考えているのを見て、困ったような表情を浮かべていた。だが、ユグドラシルに悪意があるのも確かであり、それは特に、まさしく葛葉紘汰が的確にも悪意の本丸として言及したプロフェッサー戦極凌馬には明確に認められる。呉島貴虎には世界を救いたいという情熱があるのに対し、プロフェッサー戦極凌馬には世界を弄ぼうとしているかのような恐ろしい「野心」があることを、呉島光実は認識している。
それにもかかわらず呉島光実は、プロフェッサー戦極凌馬と手を組み、兄の呉島貴虎を欺くことを選んだ。なぜか?なぜなら後者は葛葉紘汰から力を奪おうとしているのに対し、前者は葛葉紘汰に力を使わせてみたいと考えているからだ。もちろん後者にあるのは善意であり、前者にあるのが悪意ではあるが、少なくとも、人々を助けるためにアーマードライダーの力を活用したいと無邪気に考えている葛葉紘汰の希望に応えることができるのは、後者ではなく前者ではある。
だから呉島光実は不本意にも善意を裏切り、悪意に寄り添うことにした。これが不本意な展開でしかないことは、作戦の当初に彼が呟いていた「紘汰さん、冷静に考えてくださいね、何が一番賢い行動か。」という言葉から窺える。結局、葛葉紘汰は「賢い行動」を選択しようともしなかったが、それに応じて呉島光実も「賢い行動」に反する行動に出た。それは葛葉紘汰を実験台として売ることにさえも繋がるが、もちろん売るつもりなんかあるはずもない。「戦極凌馬に伝えろ!紘汰さんは、僕が守る!」とはそういうことだ。
想定されていた「賢い行動」には全く反する行動ではあるが、呉島光実はそれを極めて怜悧に、賢く始動してみせた。ここにも奇妙な二面性がある。
この、絶体絶命の局面における呉島光実のギリギリの選択を支えたのは、ユグドラシル内にある奇妙な二面性についての、彼の的確な洞察だった。ヘルヘイム対策プロジェクトを指揮しているのはその「主任」の位置にある呉島貴虎だが、そのために必要な武器の開発を一手に引き受けることによってそれを実際に操縦しているのは委託研究者に過ぎないはずのプロフェッサー戦極凌馬であり、両名の考えが対立している中で組織内には混乱と迷走が生じている。呉島貴虎の配下であると同時に戦極凌馬の秘書でもある湊耀子は、その象徴であると云える。だから呉島光実は湊耀子を通じてプロフェッサー戦極凌馬に己の意思を伝えることができた。
微かな兆候から事態の真相を正確に解読し、的確に判断して行動することのできた呉島光実の驚嘆に値する頭脳に対してプロフェッサー戦極凌馬は「君、兄上よりも頭が切れるんじゃない?」と感心していた。戦極凌馬もまた、呉島光実の狙いを正確に解読し、的確に判断して行動してみせたのだ。
戦極凌馬の提案によって、呉島光実はユグドラシルの一員でありながらビートライダーズにも加わり続け、「内通者」としてユグドラシルのために働くことになった。少なくとも呉島貴虎はそのように聴かされて納得していた。しかし現実にはユグドラシルのためにビートライダーズで活動するだけではなく、ビートライダーズ、特に葛葉紘汰を擁する「チーム鎧武」のためにユグドラシルで活動することにもなるはずであることを、少なくとも戦極凌馬は理解できている。驚くべき二面性がある。
こんなにも解き難く複雑な立場に居続けることを選んだ呉島光実。とてつもない知略。謀略。だが、このような複雑な思考と行動を支える原理は、意外にも、素直な、率直な、偽りなく清らかに篤い愛情に他ならなかった。「良かった…、これでまた、みんなと一緒にいられる…。舞さん、紘汰さん…。この笑顔を見ていられるなら、僕はどんなことだってできる」。
少年、呉島光実の無事を、祈らずにはいられない。
ところで、戦極凌馬にも湊耀子にも二面性があったように、今回、呉島光実の傭兵として活動した鳳蓮・ピエール・アルフォンゾ(吉田メタル)も面白い二面性を見せた。そもそも彼は高級洋菓子店「シャルモン」の経営者であり主席パティシエであると同時に、フランスの「軍曹」でもあり、屈強の男であると同時に華美な「オネエ」でもあって、元来なかなか複雑な人物ではあるが、一応そこには一貫性も整合性もあると見える。葛葉紘汰から戦極ドライバーを回収するという業務をユグドラシル(における呉島光実)から命じられ、目的の達成のために情け容赦なく葛葉紘汰を襲撃したが、反面、作戦の一環として葛葉紘汰の唯一の肉親である姉の葛葉晶(泉里香)を人質として利用することに対しては断固として「non!」を突き付けた。己の洋菓子店に客として迎えたはずの葛葉晶に危害を加えるような真似は、高級洋菓子店の主人として断じて許せない!というのが主な言い分だが、その根底には多分、非戦闘員を戦闘に巻き込んではならないという軍人の掟もあったろう。敵を眼前に誘き寄せ得た以上は戦闘あるのみであり、人質を要しないという主張にそれが表れている。一流パティシエの誇りと、軍人の誇りがここでは一致していたのだ。
このように様々な二面性が交錯する話の中で、全く二面性がなく、どこまでも真直ぐに純粋であるのは、主人公、葛葉紘汰だった。「紘汰さんや舞さんと、笑顔で楽しく過ごせる時間…。それだけは何時までも変わらずにあって欲しいです。たとえ僕が、どんなに変わっていったとしても」と呉島光実が呟いたときも、葛葉紘汰は呉島光実が己の友でなくなる時なんか来るはずもないと信じて、疑おうともしなかったし、マリカとの戦闘で苦戦する鎧武=葛葉紘汰の前に呉島光実が現れたときも、まさか己を撃つために現れたろうとは思いも寄らなかった。その真直ぐ無邪気な明るさが、常に呉島光実の決意を揺るがせた。そして夕陽に照らされた「チーム鎧武」の溜まり場の中の、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのペットボトル一本を呉島光実に投げて寄越して、自身も冷えたペットボトルの水を一気に飲み始めた葛葉紘汰の豪快な姿と、苦悩の表情を浮かべる呉島光実の繊細な姿との対比は、どういうわけか異様にエロティクでさえあった。