仮面ライダー鎧武第二十二話

平成「仮面ライダー」第十五作「仮面ライダー鎧武」。
第二十二話「7分の1の真実」。
重要な真相の開示と認知があった上に勢いと速度に満ちた一話だったが、その流れと構造は極めて明晰。単純明快でさえあった。
吾等が主人公の葛葉紘汰(佐野岳)は、沢芽市内のクラック発生の危機が今や隠し切れない程に拡大しつつあるのを目の当たりにして、それにどう対処すれば良いのかを思案しながら自身になし得る範囲で行動しようとしていた。そのために赴いたヘルヘイムの森で遭遇した「プロフェッサー凌馬」こと戦極凌馬(青木玄徳)からは、ユグドラシルが既に計画して実行しつつある対処方法「プロジェクト・アーク」が実は人類に多大の犠牲を強いるものであるという真実を開示され、その常識では許し難い真実に対する怒りから葛葉紘汰は、ヘルヘイムの森から御神木のクラックを突破してユグドラシルの巨大な城「ユグドラシル・タワー」へ攻め入り、プロジェクト・アークの責任者である呉島貴虎(久保田悠来)を追い詰めた。しかるに追い詰められた敵からは、角居裕也(崎本大海)の末路について真実を明かされ、葛葉紘汰は、知らぬ間に己の犯していた罪をついに認知して、戦意を喪失せざるを得なかった。
沢芽市の街中からヘルヘイムの森へ、そして御神木のクラックからユグドラシル・タワーへ駆け抜けた葛葉紘汰を突き動かしていたのは街の人々を救いたいという自然な義であり、これに熱を加えたのは、ユグドラシル側の計画への義憤に他ならなかった。なにしろユグドラシルは、人類の未来を守るためには大多数の人類を「犠牲」にしなければならないと考え、そのための計画を着々と実行していたのだ。この、人を人とも思わない冷酷な合理主義に対して素直な「コドモ」の葛葉紘汰が憤るのは自然だろう。だが、ここにおいて呉島貴虎が突き付けた角居裕也の真実は、葛葉紘汰もまた友を犠牲にして生命と力を得ていたことを物語っていた。友の犠牲なくしては今の葛葉紘汰はなかったが、そのことを肯定するなら、果たしてユグドラシルの計画を否定し切れようか。
実に、明確な主題と展開を備えた一話であり、そこにさらに、敵陣への突入という大きな見せ場が加わって速度と勢いを加えたところに面白さがあった。
しかも、話の流れの中で開示された真相は詳しく見るに値する内容だった。沢芽市がヘルヘイムの森に侵食された場合、ユグドラシルが街全体を瞬時に焼却して抹消するための準備を済ませてあることは既に明かされていた。それは「スカラーシステム」と呼ばれていた。だが、これは計画の一部でしかなかった。
ユグドラシルの見るところ、ヘルヘイムの森による世界の侵食は不可避であり、云わば歴史の必然であって、完全に侵食されるまでの猶予は十年間しかない。そうした中で人類の存続を図ろうとするなら、もはや全人類をアーマードライダーにするしか道がない。アーマードライダーになればインベスを撃退できるが、もっと重要なこととして、ヘルヘイムの果実をロックシードに換えることによってその永遠の栄養を安全に摂取することができるので、空腹を感じることなく食物の摂取を要せず、ゆえにヘルヘイムの果実に誘惑されることもなく、インベスへの変化を免れ得るということがあるのだ。無論そのためには、アーマードライダーに変身するためのベルト(戦極ドライバー等)を大量に生産しなければならないが、(恐らくは十年間に限定すれば)準備できる個数は十億人分だけ。地球上の人口が七十億人であるとすると、七人に一人だけが救われ、残る六十億人は救われようがない。しかし単純に見捨てるわけにはゆかない。なぜならアーマードライダーに変身できない六十億人はインベスに変化するか、さもなくばインベスに襲われてヘルヘイムの植物に変化するか、何れにしても十億人の選ばれた人々に害をなすと予想されるから。だから、医薬品や食品の開発と製造と販売に関して世界を席巻するグローバル大企業のユグドラシルは、十年間以内に六十億人を「削減」すべく着実に計画を実行中であるらしいのだ。
恐ろしい話だが、決して荒唐無稽ではない。例えば、不意の不況時に値下げ競争を煽りつつ、「家族的経営」から株主資本主義へ転換し、公権力の民営化をも進め、不況を深刻化させた上でグローバル化を徹底して国境を取り払ってゆけば、一部の選ばれた人々が他の大多数の人々をまるで奴隷のように自由に使役できる新たな世界が実現するだろうが、それは今の世界の現実そのものではないか。
今回このように明かされたプロジェクト・アークと、スカラーシステムとの間の関係を見落とすわけにはゆかない。
前者は十年後までに達成すべき目標であるが、十年間というのはヘルヘイムの森が世界を侵食し尽くすまでの期間であり、その間にも侵食は休まず進行してゆくはずであり、その起点をなすのが沢芽市であると想定されている。換言すれば、沢芽市は近い内に侵食されてしまうと予想されている。沢芽市が侵食され尽くしたとき、世界の人々は異常事態を察知するかもしれない。そうなればユグドラシルの計画は実現し難くなりはしないか。なぜなら全人類の七分の六を「削減」する残酷な計画を、七分の六の人々が受け容れるはずがないからだ。計画は秘密裏に推進されなければならない。そのためには異常事態は隠蔽され続けなければならない。インベスや謎の植物の出現について全責任をビートライダーズの若者たちに押し付けてきたのはそのために他ならないが、今やビートライダーズは消滅しつつある。そうした中で今回のようにクラックが街中の目立つ場所に発生した場合、もはやビートライダーズの所為にはできないし、何よりも、黒影トルーパーをはじめとするユグドラシルの警備隊は人前に出てゆかざるを得なくなり、いよいよユグドラシル側が疑われかねない。そうなるのを避けるためには、沢芽市を丸ごと消去してでも異常事態の痕跡を隠滅しなければならないのかもしれない。それが後者、スカラーシステムの意味だった。
従ってスカラーシステムはプロジェクト・アークの一部であり初期段階ではあるが、同時に、プロジェクト・アークの縮小版でもある。なぜならユグドラシルは沢芽市内の全市民を犠牲にするのではなく、一部の市民だけを救出するつもりだからだ。既に巨大な地下シェルターを建造していて、今回の非常事態でも、そこに一部の市民を避難させていた。その人々こそはユグドラシルによって選ばれた特権階級だろう。そこには多分、葛葉紘汰の唯一の肉親である姉の葛葉晶(泉里香)は入っていないだろう。呉島光実(高杉真宙)はそこに高司舞(志田友美)とチーム鎧武の仲間たちを招待した。高司舞の仲間になっている新生バロンのザック(松田岳)とペコ(百瀬朔)が誘われなかったのはさり気なく残酷だ。もちろん高司舞に対しても真相を説明することは一切なく、騙すような格好で誘った。ここにおいて呉島光実が既にスカラーシステムの発動を確信していたのは間違いない。呉島光実も戦極凌馬も、そして呉島貴虎も、今回の非常事態を収束させ得るとは思っていなかったらしい。
呉島貴虎はユグドラシルの幹部であり、ユグドラシルの計画の実行を不可避であると信じているが、同時に、それの酷さ、非道であることをも知っている。計画の非道に苦痛を感じている点で葛葉紘汰に共感してもいるらしいことは前回の話で描かれたが、今回の話ではむしろユグドラシル側の責任者であることに見事に徹してみせた。このような二重性、二面性を抱えている点で彼と呉島光実の兄弟は似ている。兄の熱血に比して弟の冷徹が際立ってはいるが、両名とも葛葉紘汰に対して隠し事をしている点では特に似ている。葛葉紘汰や駆紋戒斗(小林豊)に対してどういうわけかユグドラシル内の色々な連中が秘密を明かしてしまっていたことを認知したときの兄と弟それぞれの反応は、実によく似ていた。