映画モーレツ!オトナ帝国の逆襲DVDを漸く観る

映画「ハイ☆スピード!ブルーレイディスク&DVDに収録されたオーディオコメンタリーにおいて総作画監督の西屋太志は、劇中で重要な意義を有する水泳の場面の原画を丸ごと手がけた「多田文雄先生」を称賛している。インターネット上に検索するに、現在は京都アニメーションの取締役をつとめるこの人は昔はシンエイ動画で活躍し、名作「のび太の恐竜」の動画を手がけ、「のび太の海底奇岩城」、「のび太の宇宙小戦争」、「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」等の原画を手がけていたらしい…ということを知ったのは二日前(九月三日)。同日ここに書いた。
そこで今宵、かなり前に頂戴していた映画「クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」DVDを漸く視聴した。小林幸子の歌うエンディング主題歌に合わせて流れるスタッフロールには、なるほど原画の一人として木上益治(多田文雄)の名が見える。動画と仕上げを手がけた下請として殆ど筆頭に京都アニメーションの名が出てくるのも興味深い。
野原しんのすけ風間トオル等が幼稚園のバスで逃走し、イエスタデイ・ワンスモアの車両の集団がそれを追跡するカーチェイスの場面、野原一家の人々と犬が「20世紀博」の巨大な店舗の屋上にある東京タワー風のタワーの階段を駆け上り、イエスタデイ・ワンスモアの集団が追跡する場面、そしてイエスタデイ・ワンスモアのリーダー、ケン&チャコがエレベーターでタワーを上昇してゆくのを見ながら、野原しんのすけが必死に延々階段を駆け上ってゆく場面は、笑いとともに手に汗握る興奮に満ちている。
しかし何といってもこの作品の特異性を決定付けているのは冒頭の、日本万国博覧会の見事な再現。あの伝説の博覧会場を実際には見たことがないが、『公式長編記録映画 日本万国博』DVDや『公式記録映画 日本万国博』DVD-BOXを見れば、このアニメ映画におけるその描写には生々しい臨場感があるに相違ないことを確信する。さらに云えば、このアニメの前半を彩る劇伴音楽の数々が、『公式長編記録映画 日本万国博』における間宮芳生の音楽のパロディになっていて、それもまた時代の調子を再現している。
それにしても、古くて小さな集合住宅の一室で同棲生活をしているケン&チャコは、戦後復興、高度成長に伴われる急激な変化への反乱分子だったのか、それともむしろ戦後復興、経済成長の中で「人類の進歩」の夢に寄り添っていたのだろうか。
多分、後者であるように思われる。なぜならケンは、日本万国博覧会の時代の人々が想い描いた「21世紀」が、現実の21世紀によって裏切られたことを嘆いていたから。かつて20世紀の人々は、20世紀の「匂い」を温存した形で「21世紀」を迎えることを夢見ていたのかもしれないが、生憎、現実の21世紀は20世紀の「匂い」を一掃する方向で「進歩」を進めてきてしまった。それは結局、21世紀の初頭を生きることになったオトナたちにとっては息苦しく疲れる世界であり、だからこそ、人々は懐かしい「匂い」に惹き寄せられてしまった。ここにおいて、一部始終を見届けたケン&チャコは、進歩を止めることを望んだ。間もなく到来する「21世紀」へ向けた「人類の進歩」を夢見る「20世紀」の状態へ時間を逆行させた上で、その状態のままで当の進歩を止め、変化を止め、時間を止めることを望んだ。
ケン&チャコ率いるイエスタデイ・ワンスモアの野望の虚しさ、難しさがここにある。徒な「進歩」やイノヴェイションを否定して、昔ながらの社会、人間関係、生活習慣、文化の形をなるべく壊さず、どこまでも温存することをこそ望んでいたのであれば、それは一つの思想であり得たろう。だが、ケン&チャコが望んだのは「人類の進歩と調和」を訴えた日本万国博覧会の時代の、未来に対して夢と希望を抱いた状態の永遠の持続でしかなかった。未来に対して夢と希望を抱いた状態のまま時間を止めて、実際には未来へ向かうことを捨ててしまおうというのは、あまりにも矛盾していよう。これは思想ではなく郷愁、感傷でしかない。
ところで、DVDのメインメニューを飾るイラストは、日本万国博覧会の時代に活躍した未来学のイラストレイター真鍋博のイラストの見事なパロディになっている。そこも実に巧い。