ごくせん第十話=最終回

日本テレビ系ドラマ「ごくせん」。仲間由紀恵主演。生瀬勝久準主演。第十話=最終回。通常よりも三十分間延長の特別拡大版。
今宵の最終話の最大の見所は黒銀学院高等学校の教頭、猿渡五郎(生瀬勝久)の圧倒的な存在感にあった。て云うか、面白過ぎる猿渡教頭。
元来このテレヴィドラマ「ごくせん」で物語の鍵を握るのは猿渡教頭に他ならないと云えた。二〇〇二年度「ごくせん」の白金学院におけるヤンクミ(仲間由紀恵)の危機の場合、全ては猿渡教頭の改心によって逆転したが、そこにおいて彼は自身の父であり学院の理事長でもある猿渡憲太郎(平泉成)に生まれて初めて反抗したのだった。
そして今回、黒銀学院におけるヤンクミと三年D組の危機も猿渡教頭の覚悟ある反抗によって辛うじて切り抜けられたが、そこにおいて彼は、黒銀学院の理事長であり校長でもある黒川銀治(井上順)に対して、単純に反抗したのではなかった。あくまでも表面上は卒業式を粛々と進行させるという大義名分を掲げ、そのためには三年D組の連中とヤンクミを速やかに入場させた方が得策であると主張することで、云わば合法的・合目的的に黒川銀治を黙らせた。しかも体育教師の馬場正義(東幹久)をはじめ教員たち皆が猿渡教頭の進行に賛同し、来賓たちも彼の司会に耳を傾け、見守り、冷静に事態を認識しつつあった。彼は沈黙の観衆の支持を取り付けたのだ。実に鮮やかな「大人」の対応だったと云える。そして彼との対比においては逆に、黒川理事長は感情的なだけのガキのようにさえ見えてしまった。この男の正体が露呈した場面でもあったわけだ。
もちろん黒川理事長が報復をしないはずがない。ヤンクミの解任が撤回されるはずがないばかりか、猿渡教頭もまた辞職を勧告されるのは目に見えていた。恐らくは猿渡教頭自身、そのことを確と覚悟していたはずだ。卒業式典を粛々と進行させながらも彼は既に辞任を決意していたことだろう。卒業式の終了したあとの職員室で、他の教諭たちがヤンクミと三年D組の快挙に感動し感激し感涙を分かち合っていたときにも猿渡教頭が一人だけボンヤリとした表情で溜息をもらしてさえいたのは、ヤンクミと三年D組を無事に卒業させた安堵感の表出だったかもしれないし、或いは自身の地位を賭しても最善を尽くして完全燃焼したあとの虚脱感の表出だったかもしれない。何れにしても、黒川銀治という度量の小さな独裁者の専制支配下で生き続けることから解放されて、満足していたには相違ない。
もちろん彼とヤンクミが去ったあとにも、黒川銀治率いる黒銀学院は何事もなかったかのように存続するだろうし、むしろ三年D組に隔離されていたような連中を卒業させて一掃することで有力な進学校としての性格を鮮明化し、待望の「名門校」への道を邁進するのだろう。丁度、かの夏目漱石の描いた数学教師「坊ちゃん」が四国松山の中学校で一暴れしても、去ったのちには平然と赤シャツの生活が続いたに相違ないのと同じように。そう考えると何だか空しくもある。黒川理事長のあの性格、あの言動、あの方針は今後も決して改められはしないはずだからだ。
とはいえ一ヶ月後、沖縄で再会したヤンクミと猿渡教頭は、青い海のような、青い空のような晴れやかな気分だったろう。両名の新たな赴任先、「やんばる学院」でも、変わらず仲良く喧嘩を続けることだろう。
ともあれ、今回の二〇〇五年版「ごくせん」全十話を盛り上げたのは、小田切竜(亀梨和也)・矢吹隼人(赤西仁)・土屋光(速水もこみち)・武田啓太(小池徹平)・日向浩介(小出恵介)をはじめとする三年D組の生徒たち二十七名だ。今宵、彼ら皆が無事に卒業した。別れは寂しいが、祝福しよう。卒業式での涙の熱演が実によかった。恐らくは単なる演技ではなく、半ば真実の感情の表現だったろうとも思うが、ともかくもよかった。矢吹隼人(赤西仁)が泣いて声を裏返していたのもよかった。船木健吾(高良健吾)が最後ヤンクミに別れを告げるとき地元の九州語(熊本語)を用いていたのもよかった。各場面で小橋直哉(尾嶋直哉)・小島祐希(佐藤祐希)・秋山陽介(川村陽介)・橋本竜平(渡辺竜平)等もそれぞれ目立っていた。
工藤守(小林且弥)脱走の報に接して不安になりながらもヤンクミは三年D組の連中に対し、くれぐれも挑発に乗らないよう呼びかけていた。このときの、「卒業式は明後日なんだ。もう少しで卒業なんだ。分かってるな?」という必死の語りかけは、ヤンクミの焦りを感じさせて、噛み締める度に意外に心に沁みてくる。工藤守の一味が三年D組の全員を痛めつけていたとき矢吹隼人が呟いた「こんなはずじゃなかったのに…」という語も、ヤンクミとの約束を少しだけ破るつもりだったのが全面的に破る結果を招いたことの悔しさを感じさせて、かなり沁みる。だが、ヤンクミは工藤守をも決して見捨てはしなかったし、嫌味な刑事(高杉亘)も少しだけ素直になって、ヤンクミを認めていることを認めたのがよかった。
なお、最初の十分頃、小田切竜・矢吹隼人・土屋光・武田啓太・日向浩介の五人が何時もの喫茶店で寛いでいた場面、土屋光の膝の上に頭を載せた日向浩介に、何と!土屋光が手に持ったソーセージを咥えさせて、食わせていたのだ。不思議に妖しい関係だ。関連して、小田切竜が工藤守に踏み付けられたのを見て矢吹隼人が怒りの叫びを上げたのも見落とせない。
このほか細部の楽しさについては、録画したものを再度よく見直してから改めて語りたい所存だが、今はただ見終えた直後の感想として以上のことだけを記しておくのみ。