anego・アネゴ

今宵からの新番組、日本テレビ系ドラマ「anego・アネゴ」。林真理子原作。中園ミホ脚本。吉野洋演出。篠原涼子主演。第一話。通常は夜十時から一時間の番組であるところ初回は十分延長の拡大版で、しかも野球中継の延長により十分遅れの開始だった。
先ずは一言、云わなければならない。面白かった!と。昨夜放送の「曲がり角の彼女」とはドラマの密度がまるで違う。笑える軽やかさと考えさせる重さとのバランスが絶妙で、理想的な面白さがあった。日本テレビにしては何とセンスのよいドラマ制作だろうか…と惚れ惚れしていたら、何と!「制作協力」があの「オフィスクレッシェンド」なのか。納得だ。あの映像作家集団の真の力量は、実は「トリック」のような、いかにも彼らにしか作れないような斬新な作品において発揮される以上に、むしろ「早乙女タイフーン」とか「光とともに〜自閉症児を抱えて〜」とかの一見して地味でさえある作品においてこそ発揮されるのだと思う。彼らでなくとも作れそうに思える作品を手がけたときにこそ却って彼らにしか出せない輝きを生み出してしまうのだ。彼らの亜流と彼らとの最大の違いはそこにある。そして本作品「anego・アネゴ」も彼らならではの絶妙な作品群の系譜に連なることになりそうだと予感する。
この作品の出演者たちに一人も外れがないと思えてしまったのは何故だろうか。実際に外れがないからなのか、それとも作品の出来栄えのよさが役者の全員を魅力的に見せているからなのか。そういえば篠原涼子は「早乙女タイフーン」と「光とともに〜自閉症児を抱えて〜」両方に出ていた。
派遣社員の早乙女加奈(山口紗弥加)と契約社員の長谷川真名美(市川美和子)が不注意から失敗したのを野田奈央子(篠原涼子)が注意した場面。大組織にはよくある光景だが、ここでは加藤博美(戸田菜穂)が何れとも適度の距離感を保っているのが面白い。冒頭の合コンにおける加藤博美の毒舌も傑作だった。野田奈央子たちの直属の上司、東済商事経営戦略部の阪口部長(升毅)のあの無責任体質には実は異様に現実味がある。管理職の中年・初老の男というものは大抵、若い部下を確り指導できないものだ。直接に叱ることさえできなくて、部下同士で注意をさせようとするのだ。その意味で、長谷川真名美が単純に無責任の無能であるわけではないのは明白だ。上司の指導が足りないというだけではない。そもそも阪口部長がフザケた原稿を作成したから長谷川真名美が間違えたのではないか。野田奈央子と加藤博美が宮本浩一(田中実)を懲らしめた展開が面白いのは、恋愛における不実の男への復讐が痛快だからというだけではない。組織・上司・男による派遣社員契約社員への身分差別と性差別に起因する無責任の体制そのものに対して反省を促したところが痛快なのだ。
それにしても、新入社員の黒沢明彦(赤西仁)。繊維部から異動してきた入社八年目の立花渡(山口馬木也)が女性社員たちに対して欲望と軽蔑の混じった文字通り「男性的」な視線を向けるのに対し、まだ二十二歳の若い黒沢明彦は性とか年齢とかの「境界」について柔軟に思考できるのだろうか。その言動における自然な軽やかさ・しなやかさが、演じる赤西仁のキレのある顔立ちによって程よく強調されていて、実によいと思う。というか、あんな新入社員が本当に存在したら職場が一気に華やいでしまう。
野田奈央子が長谷川真名美からの恋愛相談を携帯電話で聞いていたとき、野田奈央子の近くにいた沢木翔一(加藤雅也)・沢木絵里子(ともさかりえ)と黒沢明彦が何とも居心地悪そうにしていたのも絶妙だった。男子トワレにおける阪口部長たちの密談に抗議するため野田奈央子がその中に踏み入ってしまっていたとき、偶々そこに入ろうとした黒沢明彦が、そこが男子トワレで間違いないかどうか慌てて入口で確認していたのも絶妙だった。
なお、宮本浩一と婚約した女、佐久間和代を演じていたのは山口香緒里。「大奥・第一章」では鷲尾真知子久保田磨希とともに大奥スリーアミーゴスを結成し「有難や有難や」と謳い、また「仮面ライダー剣ブレイド)」では喫茶店ハカランダを経営し相川始(森本亮治)を居候させていた。