義経

NHK大河ドラマ義経」。滝沢秀明主演。第二十三話。
平家の都落ちの直前。従一位内大臣平宗盛鶴見辰吾)は後白河院平幹二朗)をも伴うつもりだったが、それを断固拒絶したい考えの院は丹後局高階栄子(夏木マリ)を連れて比叡山に逃亡していた。比叡山と平家との対立関係を踏まえるなら的確な逃亡先だが、そもそも平家と諸国の武士たちとの対立を生じたのは、比叡山系の衆徒神人と化した諸国の人々を弾圧するため院が平家を重用したからではなかったか。平家の都落ちの原因を作ったのは院と比叡山との対立関係に他ならなかったと云うも過言ではない。斯くも大胆な行動に出る院に、かつての暗愚な印象はない。ともあれ内大臣宗盛は院と自分との間には父子のような情愛の関係があると信じ切っていただけに深い傷心を免れなかった。
従二位権中納言平知盛阿部寛)は、傷心で泣く内大臣宗盛を兄として立てながら参内。たとえ院がいなくとも、幼い主上[安徳院](市川男寅)を必ずや守る所存であることを建礼門院中越典子)に対して誓った。もっとも、院を同行させ得なかったことの痛手は本当は内大臣宗盛のそうした私的な問題にとどまるものではない。主上安徳の即位時の治天の君、高倉院が崩御したのち、後白河院が再び治天の君に復帰していた。天子の地位を決めるのは治天の君の専決事項だ。実際、平家が安徳院を奉り都落ちしたあと、後白河院は安徳院を廃位して新たな天子=後鳥羽院を立ててしまった。
そして福原。二位尼平時子准后(松坂慶子)の発案で、亡き入道大相国(渡哲也)の鎮魂のため「夢の都」の御所で、主上の御前、管絃を催した。内大臣宗盛と新中納言知盛は笙の笛、従三位左近衛権中将平重衡細川茂樹)と従三位右近衛権中将平維盛賀集利樹)は横笛、従三位右近衛権中将平資盛小泉孝太郎)と正三位右衛門督平清宗(渡邊邦門)は篳篥だったろうか。華やかな雅楽の行われていた間、二位尼は亡き入道相国の幻影を見ていた。幻影の大相国と二位尼との対話が落涙を誘う場面だった。幻影は蛍と化して飛び去った。
管絃のあと、かつて京で最も美しく雅やかな男と謳われた中将維盛は、月光の下、一人で悲しんでいた。一門が都落ちを強いられたのは自分が敗戦し続けたからだと感じていたからだ。それを見付けた新中納言知盛は、敗因が維盛一人にあるわけではなく、むしろ平家が既に「武門」ではなくなっていたことこそが真の敗因であると思うと語りかけ励ました。今宵の雅楽の管絃を見てそう悟ったと云う。一門随一の知将、新中納言知盛がこのとき既に敗北を見通していたかのようだが、もちろん負けることを覚悟して闘いを諦めることは彼の選択肢にはない。都落ちの目的は、むしろ九州まで逃れて平家の勢力を結集し、態勢を立て直すことにあるのだ。
他方、都入りした木曽冠者=源義仲小澤征悦)は、如何わしい新宮十郎=源行家大杉漣)とともに後白河院に拝謁。院の側には妖怪の丹後局とともに「鼓判官平知康草刈正雄)。その後、暴れる木曽義仲を宥めるため従五位下伊予守に叙任したが、同時に彼を牽制するため鎌倉の右兵衛権佐源頼朝中井貴一)にも上洛を促した。だが、対する鎌倉殿は逆に院を牽制するため拒否。北条政子財前直見)は無論その見識に首肯した。院と鎌倉殿の争闘、政治のドラマが始まったのだ。なお、かつて鹿ヶ谷事件のあとの平清盛による武家政権の樹立に際して備前に追放されていた前関白太政大臣藤原基房入道(中丸新将)も再登場。木曽義仲の入洛に乗じて復帰したわけだが、院庁の法住寺殿で木曽軍への不満を訴えていた。