野ブタ。をプロデュース第5話

日本テレビ土曜ドラマ野ブタ。をプロデュース」。プロデューサー河野英裕白岩玄原作。木皿泉脚本。池頼広音楽。岩本仁志演出。亀梨和也山下智久主演。堀北真希助演。PRODUCE-5(第五話)。
このドラマの作風を仮に音楽に譬えるならバッハのフーガのようであると評してよいかもしれない。一つの主題が複数の声それぞれによって様々に変奏されながら相互に応答し合い絡み合い、複雑化した挙句一つにまとまってゆくのだ。今宵の第五話の場合、「恋は必要である」という主題で全てが始まり、この主題を再確認して終結したが、その過程には「己の真実に誠実であれ」「真実を見ている人が一人でもいればよい」とでも定式化できるような第二の主題が呈示され、複数の登場人物がそれらをそれぞれに受け止め表現したことで、恋の必要性という主題の意味が本質的な変容を遂げた。しかも逆転劇と云ってもよい程の劇的な変容だった。
話の発端は、主人公、桐谷修二(亀梨和也)の友人の一人、「シッタカ」=植木誠(若葉竜也)が「野ブタ。」=小谷信子(堀北真希)に恋心を抱いたことにある。それを知った桐谷修二は「野ブタ。」プロデュースの一環として二人を交際させることにした。恋をすれば女らしくなって色気も出て人気者になり易いはずだ!という発想だが、小谷信子は抵抗した。そして「このまま誰とも付き合わず一人で寂しく生きてゆくつもりか?」と詰問した桐谷修二を、小谷信子は見詰めた。さて、「野ブタ。をプロデュース」における映像表現の雄弁な美しさはドラマ評者間に高く評価されているが、この場面にもその一端を認めることができよう。ここで画面には桐谷修二の顔が大きく捉えられた。小谷信子の目に映った彼の姿に他ならない。何時も俯いている小谷信子は、桐谷修二と語っているとき、相手の姿を、表情を、確りと見詰めようとしていたのだ。これはさりげなくも極めて重要な場面なのだ。
見落とせない要素が多過ぎる。例えば「ダブル・デート」の当日の朝、「シッタカ」のために「野ブタ。」が手作りした…ということにしておくための愛らしく美味しい弁当を、本当に手作りしたのは桐谷修二だった。自宅にいるときの彼の家庭的な側面がここに垣間見えている。彼の父の桐谷悟(宇梶剛士)と弟の桐谷浩二(中島裕翔)の前でしか見せない彼の秘密だが、少なくとも小谷信子は彼との出会いのとき既にその秘密を垣間見ていた。「バンドー」=坂東梢(水田芙美子)一味の暴力で破れてしまったネクタイの修復のため縫い付けてくれたブタのアップリケに。そうなのだ。小谷信子は桐谷修二の真実を見てくれている。でも彼本人は己のその真実を確とは自覚していないのかもしれない。己の真実に誠実ではない。当然、己の真の姿を見て見抜いてくれている小谷信子の真の姿を、彼は見ようともしてなかった。
小谷信子と「シッタカ」、そして桐谷修二と上原まり子(戸田恵梨香)の二組合同による「ダブル・デート」の始まりのとき。それに先立ち桐谷修二は、デート終了後には「今日は楽しかったです」と心を込めて云うよう小谷信子に伝授し、練習までしていたが、待ち合わせ場所に着いた小谷信子は最初にその台詞を云ってしまった。天然ヴォケの失敗なのか?無論そうではない。小谷信子にとってはダブル・デート本番の直前、桐谷修二に手作り弁当を作ってもらい、台詞を伝授してもらい、手を繋ぐ練習までもしてもらうまでの時間こそが「楽しかった」真のデートなのだ。
ダブル・デートの背後には、小谷信子に片想いの草野彰(山下智久・特別出演)が尾行していた。これは愛する女に別の男が言い寄るのを心配しての挙ではあるが、これとは別に、密かに小谷信子の日常を観察したことがあったと思しい。彼が桐谷修二を誘って尾行したときには既に小谷信子の日常を詳しく知っている様子だったからだ。愛する者を尾行すること自体は穏やかではないが、愛する人の真実を知りたい思いから出た行動に他ならない。
ダブル・デートは途中までは平和に進行していたが、桐谷修二は、小谷信子と「シッタカ」を二人きりにしてやるため、二組それぞれ別行動を取ることを提案。上原まり子と一緒にその場を去った。小谷信子は寂しそうだったが、桐谷修二も心配そうだった。彼は小谷信子のことばかり気にしていた。流石に上原まり子はそのことに気付いていたようだ。小谷信子たち二人と別れたあと桐谷修二に対し「小谷さんのお父さんみたい」と評した挙句、彼と別れるときには「今日は楽しかったです」と云って彼の反応を窺った。甚だ不味いことに彼はボンヤリしていてその言葉に反応できなかった。上原まり子とのデート中にも彼の頭の中は小谷信子の心配ばかりだったのだろう。でも、これだけ非道い仕打ちを受けてもなお上原まり子は彼を愛し続けているようだ。このデート中、小谷信子を引き立たせるため敢えてイヤな女を演じていたのを、後日、あたかもそれが真の姿であるかのように噂話を何者かによって学校中に流されたときにも、上原まり子は動じなかった。たとえ皆が噂を信じて誤解しても、桐谷修二が一人だけでも自分の真実を知ってくれているなら構わないと云ったのだ。学園のマドンナ上原まり子と人気のない小谷信子は、実は精神においては通じ合うものを持ち合わせていたのだろうか。
水族館で倒れた老人を病院に連れて行った小谷信子と草野彰。ここで小谷信子が本心を語った。好きでもない「シッタカ」とのデートを敢えて受け容れたのは、「上手く行って、みんなに“ありがとう”って云いたかった」からだった。「野ブタ。」プロデュースに励んでいる桐谷修二の期待に応えたかったのだ。桐谷修二のために頑張っていたのだ。怜悧な草野彰がその言の意味を解しないはずがない。彼が小谷信子の日常を知るため尾行するにあたり桐谷修二を無理矢理に誘ったのは、小谷信子の真実の姿を確と見詰めるよう彼に対しても要求するために他ならなかった。己の真実に誠実であるべきこと、真実を知ってくれている人がいることは幸いであることを小谷信子や上原まり子や佐田杳子教頭(夏木マリ)から教えられた桐谷修二は、「野ブタ。」を人気者に変えるのに他人の力を借りたくないこと、自分こそが「野ブタ。」の真のプロデューサーでありたいことを決意するに至った。
今宵の放送を見た直後の感想文は取り敢えずは以上のようなところだが、面白かった箇所は細部に至るまで数多あったし、明日以降二度三度と繰り返し見直せば新たな発見があるはずだ。

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