野ブタ。をプロデュース第7話

日本テレビ土曜ドラマ野ブタ。をプロデュース」。プロデューサー河野英裕白岩玄原作。木皿泉脚本。池頼広音楽。岩本仁志演出。亀梨和也山下智久主演。堀北真希助演。PRODUCE-7(第七話)。
何と悲劇的な激動だろうか。それに対する感想としては、ただ、恐れ戦くとでも云うほかない。今宵までの七話を通して描かれたことは実に多いが、それらの全体をこの物語の主人公、桐谷修二(亀梨和也)の「日記」として(或いは「懐想」として)見るなら、それは彼がこれまで己の「プロデュース」能力の総てを結集して見事に築き上げていた学園のアイドル「桐谷修二」が内部から無残にも崩壊してゆく過程に他ならなかったと云えるかもしれない。ここにおいて彼の人物像の重層性が深い破壊力を持ったことを確認しておく必要がある。その力は大きいのではなく深い。というのも、彼の内面は彼の表の顔に対立するのではなく、むしろそれを内側から切り崩し否定し去るのだからだ。彼の人物像の重層性は既に第一話において描かれていた。愛想のよい仮面の奥に冷たい顔があるのではない。逆に冷たい仮面の奥に温かく優しい素顔があるのだ。でも彼は素顔を胸中に封印し、冷たい人間として生きている。冷たい人間だからこそ、何者に対しても何の感情をも抱くことがなく、故に何者に対しても愛想よく振る舞うことができる。己の真の感情を露出するということは、目の前にいる相手に対して好意や敵意を顕にするということであり、真の友を作る場合もあれば敵を作る場合もあるということだ。皆から愛され親しまれ、誰からも嫌われることのない学園のアイドルであるためには素直な感情など一切なくしてしまった方がよい。彼のクールな言動とはそのようなものだった。ところが、不思議な魅力のある小谷信子(堀北真希)と不思議な形で遭遇し、心を揺さ振られ、草野彰(山下智久・特別出演)の密かな情熱を目の当たりにし、上原まり子(戸田恵梨香)からも真剣な思いを突き付けられたことで、もはや彼は内面の感情を封印し切れなくなった。これまでの七話を通して傷められてきた彼の仮面が遂に割られてしまったとき、彼の取った行動とは、交際中だった学園のマドンナ上原まり子に対する冷たい告白だった。恋愛も好意も何もなかったことを正直に告白してしまった。それは上原まり子を救い難く深く傷付けたには相違ないが、それ以上に彼自身を傷付けた。これまで何者をも深刻には傷付けることなく調子よく生きてきた彼にとって、この告白は初めて他人を傷付けた瞬間であり、そのことに彼は恐れ戦いたのだ。己の仮面が何時の間にか砕け散っていたことに気付いて怯えていた彼の惨めな姿。その悲劇性に観者もまた震えざるを得ない。
何者をも傷付けない桐谷修二の生き方に関しては今宵、驚異の真実が追加された。彼は父の桐谷悟(宇梶剛士)や弟の桐谷浩二(中島裕翔)の前でさえ己の感情を幾らか押し殺していたらしいのだ。なにしろ桐谷悟によれば、彼は幼時より「ダダをこねたことがない」と云う。どうやら彼が他人を傷付けないのは殆ど「体質的」でさえあったようだ。学校でクールに振る舞うのは自覚的な演技だが、唯一寛げる場所であるはずの家庭においてさえ、親を傷付けたくなくて我慢をしがちであるようなのだ。とはいえ小谷信子の深い洞察を援用するなら、それもまた彼の他人に対する優しさの表現に他ならない。
ともかくも今宵、桐谷修二を見舞った事態は「自己崩壊」と表現できよう。そして思うに第七話の主題は実に「自己崩壊」ではないかと思われる。桐谷修二については自明だが、草野彰もまた「自己崩壊」に見舞われているからだ。
草野彰は「野ブタ。」=小谷信子に対する己の恋心を自覚し、遂には桐谷修二に対し「野ブタ。プロデュース」計画からの脱退を宣言した。それは宣戦布告でさえあった。なぜなら彼は、小谷信子を学園の人気者にするよりも彼一人で独占したいとまで告げたからだ。このことは桐谷修二を二重の意味で揺さ振ったろう。一つには、彼は今や小谷信子と草野彰との三人で過ごすのを最高に楽しみにしていたのに、それが失われてしまったのだ。動揺しないはずがない。そしてもう一つ、草野彰の熱い情念にも「クール」な彼は動揺したに違いない。こうした二重の動揺が桐谷修二の仮面を崩壊させる要因だったのは云うまでもない。ところが、それは直ちに草野彰の幸福の崩壊をも惹起した。草野彰の宣言の日の午後、桐谷修二が何時もの屋上に草野彰と小谷信子を呼び出し、「野ブタ。プロデュース」計画の休止を告げたところ、こともあろうに小谷信子はガッカリしたのだ。「なんか寂しくなるね」。小谷信子は桐谷修二と一緒に過ごすことをこそ楽しんでいたのだ。この瞬間、草野彰の恋は終了していた。もちろん怜悧な彼は気付いてはいたろう。本当のところは遅くとも第五話の時点では気付いていたはずだ。だが、諦め切れなかった。その故に彼は、桐谷修二と小谷信子との合作の映像作品を廃棄してしまおうとして、小谷信子に思い切り殴られてしまったのだ。奇妙な書店ゴーヨク堂の店主(忌野清志郎)は「蝉も人間も諦めが肝心」と述べたが、諦めるまでには時間が必要だった。
諦め切れないことに結び付いた「自己崩壊」は上原まり子をも襲った。桐谷修二に対する小谷信子の特別な敬愛の存在に草野彰が気付いたように、上原まり子もまた、小谷信子に対する桐谷修二の特別な優しさに早くから気付いていた。でも諦め切れなかった。そのことに起因する苛立ちから上原まり子は桐谷修二を厳しく追い詰めた。「付き合ってるかどうか人に云えないなんて変じゃない?変だよ」。そうして結局は、彼の本心を聞かされ、破局を迎えてしまった。学園のマドンナの恋は、その恋の深さの故に自ら終焉してしまったのだ。しかもそのことは実は逆に桐谷修二を精神の深みにおいてまでも深く追い詰めてしまっていた。
上原まり子は桐谷修二の本心について早くから(例えば第四話の時点でも)不安感を抱いていたはずだが、今回それを決定的にしたのは、校内放送のテレヴィ画面に映る小谷信子の姿を見る桐谷修二の笑顔が本心からの笑顔であることを認めざるを得なかったことだろう。ところで、この場面は小谷信子の不幸そうな人物像の自己崩壊の瞬間でもあった。無論これは唯一幸福な崩壊だ。蒼井かすみ(柊瑠美)に誘われて放送部に入部した小谷信子は、街の蕎麦屋について紹介する校内放送の番組でリポーターをつとめたが、そこにおいて見せた小谷信子の天然ヴォケの愛らしさ、面白さが生徒たち皆を魅了してしまった。そうなのだ。「野ブタ。」=小谷信子は実は天然素材そのままで充分に魅力的だったのだ。もう充分に人気者だ。
これを桐谷修二はどう捉えたろうか。己の「プロデュース」が無意味だったことを感じたろうか。しかるにそれは真実の半ばに過ぎない。確かに小谷信子には天性の魅力があるが、当人がそれを徒に曇らしていた。光を当てたのは確かに桐谷修二プロデューサーの愛の賜物だったはずなのだ。ともかくも彼は校内放送のテレヴィ画面の中の小谷信子を見ているとき、晴れやかに幸せな笑顔になっていた。なにしろ小谷信子と草野彰が放送部に入部して以来、かつてのように三人で会合し行動する時間は失われていたが、それは桐谷修二にとって、初めて見出したささやかな生きる喜びの喪失だった。そもそも、ささやかながらも生きる喜びを見出したことは彼の生に本質的な変容を生じたはずだ。先週までの六話を通してその変容は描かれてきた。その生き甲斐が今や失われた。それがさらなる変容を生じないはずがない。彼がもはや以前のようには調子よく学園のアイドルを演じ切れなくなったのもそのために他ならない。彼の胸中の悲鳴が痛ましかった。「嘘を吐くのは苦しいよ。本当に苦しいよ」。そうした中で彼は校内放送のテレヴィ画面に小谷信子の懐かしい姿を見た。幸福だった一時期を想起していたに相違ない。
こうした桐谷修二の内面の優しさと孤独を最も深く見て見詰めて見抜いていたのは一人、小谷信子だった。第一話のあのブタ印アップリケ以来、桐谷修二の秘められた情は小谷信子を動かし続けてきた。今回もそうだった。校内放送の蕎麦屋リポート番組を見て小谷信子に会いたくなったらしい桐谷修二は、放送部を訪ね、誘われるまま放送部のカメラで撮影に挑んだ。彼の撮った映像は、草野彰の見るところ平凡な出来だったし、何より撮影者本人がそれを普通の面白味のない作品としか見ていなかったが、小谷信子の洞察は深かった。その映像に「人しか映っていない」ことを見抜いたのだ。あんなにも冷たそうな人なのに、こんなにも人が好きだったなんて…と小谷信子は呟いていた。この鋭い観察、深い解釈が愛のなせる業であるのは見易い。だから夜、帰途に公園で桐谷修二が、その日の朝に上原まり子に本心を告げて傷付けたことで逆に傷付いて落ち込んでいたのを目撃したとき、とても耐えられなかったろう。「人に嫌われるのって、怖いよな」と呟き、怯えて震えていた彼を小谷信子は抱き締めた。「大丈夫。誰も嫌いになったりしないから」。
桐谷修二が「野ブタ。に抱き締められて、初めて分かった…俺は寂しい人間だ」と云うのはどのような意味だろうか。一つには、文字通り「寂しい」ということだ。第五話で既に論じられた通り、誰か一人だけでも真実を知って愛してくれているなら人は幸福であり得る。しかるに今、彼が何とも云いようのない寂しさを感じるのは、誰からも嫌われない人生が誰からも真には理解されない人生でもあるのかもしれないと感じたからであるかもしれない。だが、同時にもう一つ、彼のこの独白の物語ることは、「野ブタ。」に抱き締められた瞬間だけは寂しくなかったということではないだろうか。彼が何一つ迷いなく学園のアイドルを調子よく演じ切れていた頃、彼は孤独でしかなかったろうが、それを自覚してはいなかった。己の孤独を知る前は確かに孤独だったが、孤独を自覚した今、実は既に孤独ではないのではないのか。ここに孤独のパラドクスがある。ともかくもここでの二人の演技は深いドラマをさらに深くした。上原まり子に対し桐谷修二が本心を明かす場面も含めて今宵の第七話には心を抉るかのような激しく重い悲しみがあって、かなり衝撃を受けている。

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