野ブタ。をプロデュース第十話=最終回

日本テレビ土曜ドラマ野ブタ。をプロデュース」。プロデューサー河野英裕白岩玄原作。木皿泉脚本。池頼広音楽。岩本仁志演出。制作協力TMC。主題歌=修二と彰青春アミーゴ」(ジャニーズ・エンタテイメント)。亀梨和也山下智久主演。堀北真希助演。PRODUCE-10(第十話)=最終回。十五分延長の特別拡大版。
これまでの九話を通して人気・流行・信頼・友情など様々な問題についての考察が行われてきた。最終話ではそれら全てを踏まえた上で幸福な生についての思索が行われたが、その最後に桐谷修二(亀梨和也)が抱いた思いは、第一話における「野ブタ。」=小谷信子(堀北真希)の思いの逆だった。あのとき「バンドー」=坂東梢(水田芙美子)率いるイジメ集団に追われていた小谷信子は、街中を延々逃走しつつ胸中で叫んでいた。「助けて…助けて…。この世はどこまで行っても同じ世界が続いているだけ。私が住んじゃいけない世界が、ずっと続いているだけ」。あれから数ヶ月を経て、東京の隅田川高等学校から海辺の県立網五高等学校へ転校した桐谷修二は、一緒に付いてきた草野彰(山下智久・特別出演)相手に云った。「俺たちってさ、どこででも生きてゆけんだなあって」。自分の居場所がどこにもないことを感じていた不幸な小谷信子の内面の悲鳴と、孤独の「どん底」から立ち直って友人とも再会した桐谷修二の「俺たちはどこででも生きてゆける」という幸福な確信が実に鮮やかな対をなしているのだ。
幸福な生はどうすれば可能であるのか。桐谷修二は、他者に真摯に向き合うこと、他者のために生きることこそ幸福であると確信した。もともと彼はそうした人物なのだ。なにしろ父の桐谷悟(宇梶剛士)によれば彼は幼時より「ダダをこねたことがない」。第一話において「野ブタ。」のために立ち上がったときの彼を突き動かしていたのはそうした思いだったと見受けられるし、「野ブタ。プロデュース」計画を通してその思いは確信へ化したのだ。彼は草野彰にそう語った。「誰かのために…て云うのはさ、自分を大事にしてないってことなのかな?」「俺さ、野ブタ。のために一生懸命やっているときが一番自分らしかったな…て思うんだ。お前もそうじゃない?」「野ブタ。だってさ、誰かを喜ばそうとしているときが、一番、何か、いきいきしてない?」。だから、桐谷悟が「先ずは自分のこと考えろっつーの!」と説諭し、友人たちと一緒に残された高校生活を楽しめ!と勧めたにもかかわらず彼は、弟の桐谷浩二(中島裕翔)に寂しい思いをさせたくなくて、引越しへの不安感で泣いていた弟のため、家族揃って引越しをすることを決意したのだ。
草野彰が桐谷修二の先回りをして網五高校(アミーゴ高校!)に転校したのは小谷信子が「修二と彰!は二人で一つ」と勧めたからだった。その意は、桐谷修二が転校先で再び余計な仮面を付けなくとも大丈夫であるためには草野彰が必要であることにあるだろう。同時に、草野彰が今まで以上に素直に生きてゆくためには桐谷修二が必要であることも感じていたのかもしれない。ゴーヨク堂(忌野清志郎)が小谷信子に対して、一番好きな人を一人だけ選べ!と求めたとき、小谷信子が選び切れなかったのも、本質的にはその意味で理解される。修二を愛せば彰を愛し彰を愛せば修二を愛さざるを得ないからだ。一を選んで他を捨てることなど無理だ。もちろん小谷信子には直感もあったろう。本当に一番好きなのは桐谷修二であるとしても、草野彰を選ばないことは草野彰を致命的に傷付けてしまうはずだし、草野彰を傷付ければ桐谷修二をも傷付けることだろう。草野彰を選んでおけば桐谷修二は安心するだろうが、草野彰は微妙な苦味を感じるだろうし、何より小谷信子にとっては己の本心を裏切ることになる。そうであれば、ゴーヨク堂の魔除の御守など河に捨てて三人揃って神罰を受けた方がよい。小谷信子は最も誠実な選択をしたのだ。
同時に、これが小谷信子の幸福な生の実践でもあるだろう。修二と彰が一緒にいることが両名にとっての幸福であるなら、そのためには自分が身を引けばよい…というのが小谷信子の選択だったろうと考えられるからだ。誰かのために生きたいという思いに発したギリギリの決断。それは幸福な生をめぐる究極の選択に他ならない。幸福な生とは何か?という問題をめぐり桐谷修二と小谷信子には共通した思いがあるわけだが、それはもともと桐谷修二が自然本性において抱いていた思いだった。全ての発端とも云えるあのブタ印アップリケ以来「野ブタ。プロデュース」を通して彼が無自覚の内に発してきたその思いが、「野ブタ。」に濾過されることで明確な信念へ結晶され、そうして彼らに共有されるに至ったものだ。
クリスマスの夜、平山豆腐店の二階にある草野彰の部屋。プレゼント交換会を楽しんでいた三人がそれぞれに回ってきたプレゼントの箱を開けてみれば中身はどれも同じ。佐田杳子教頭(夏木マリ)が終業式の日に三人にくれた幸福の人形だった。二つ集めれば幸福になれるという人形。教頭は自分の持っていた三個の人形を三人に一個宛くれたのだ。彼らは自分の持つ一個を手放して他の誰かに与えたいと考えたわけだが、生憎三人とも同じことを考えてしまっていたため、結局は元通り、三人がそれぞれ一個宛その人形を得ただけだった。好きな人のために生きることこそが自身の幸福であるという思いが、三人に共有されていた。
そして同じ夜、同じ部屋。窓の外の雪を眺めながら桐谷修二と小谷信子が互いへの感謝と愛を伝え合う場面には泣いた。
「俺さ、何か、今まで、人を好きになるっていうのがイマイチ一寸よく分かんなかったんだけどさ。何か、野ブタ。のおかげで…分かった気がする」「何か、一緒に、物食べて楽しかったりとか。同じ景色を見て、「わあ、この景色、一生忘れねえんだろうなあ」って思ったりとか。何か、死ぬほど笑ったりさ。時には、心配とかもしちゃったりして。あと、「もっと一緒にいたいなあ」って思ったりさ。」「何か、人を好きになるって、そういう、ささやかなことだったんだなあって。」「この先、もし俺が…誰かを好きになる度に、野ブタ。のこと、思い出すと思う。何か全部、野ブタ。が教えてくれたんだなあって思い出すと思う。」「小谷、ありがとな」。「わたしの方こそ…、ありがとう…ってしか云えないのが悔しい。今…思ってること、全部、伝わればいいのに…。どれだけ感謝してるか、ちゃんと…伝わればいいのに…」。
冬休みに入った学校の教室で桐谷修二が上原まり子(戸田恵梨香)への感謝と謝罪を伝える場面は、小谷信子と草野彰のプロデュースにより感動的に彩られた。上原まり子と小谷信子は堅い友情で結ばれた。蒼井かすみ(柊瑠美)は小谷信子に真の友情の気配を感じ取ることを得て、そして桐谷修二旅立ちのとき、見送りのため集合した隅田川高等学校2年B組の生徒の群から遥か離れた彼方には蒼井かすみの姿もあった。平山豆腐店の夜の場面からこの別れの場面までの間、涙なしでは見ることも思い出すこともできない場面の連続だった。
桐谷修二は転校先の網五高校で草野彰と再会したが、注目に値するのは草野彰がここでは普通に皆の輪の中で陽気に過ごしていることだ。隅田川高校時代の彼は皆の輪から外れて生きていたが、桐谷修二と小谷信子と一緒に過ごした数ヶ月間を通して皆の輪に溶け込めるようになっていたのだ。云わば桐谷修二の「プロデュース」は何時の間にか草野彰にまでも効果を与えていたわけなのだ。だが、転校先の網五高校では立場が少々逆転しているのかもしれない。桐谷修二は新天地で再び学園のアイドルの王座を目指して仮面を被り「ゲーム」を勝ち進んでみようかとも考えていたのに、目の前に草野彰が現れたことで瞬時に「ゲームオーヴァー」に陥ったからだ。もはや彼が本心を仮面の下に隠して、徒に空虚に、不幸に生きることはないだろう。しかるに草野彰を桐谷修二と一緒に行かせたのは小谷信子だ。そうなのだ。ここでは「野ブタ。」がプロデューサーなのだ。
もし第一話から最終話までの全十話を改めて一気に見直せば見えてくることが多数あるだろうし、もちろん各話毎でも、繰り返し見直せば色々新たに見えてくるに相違ないが、ともかくも最終回を迎えた今宵の、最終回についての感想は以上の通り。今期最高傑作ドラマが美しくて感動的な終結を迎えて本当によかった。後半など落涙して見続けていた。伝説の傑作として永く語られることになるものと確信する。あとはDVD-BOXの発売を待つことにしよう。

野ブタ。をプロデュース o.s.t オリジナル・サウンドトラック
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