旅行記二

東京滞在の二日目。都営新宿線新宿三丁目駅から九段下駅を経由して竹橋駅へ。朝十時頃に東京国立近代美術館藤田嗣治展を見に行けば既に多くの来館者あり行列ができていた。会場内も人が多く存分に見るのは難しかったが、この展覧会は京都国立近代美術館にも巡回するので京都で見直すことにしようと決意。それにしても作品の前に立って作品を見ることなく解説書に没頭する客が今なお少なくない。彼らは非常に勿体無いことをしているばかりか他の客に多大な迷惑をかけていることを自覚すべきだ。今回の展覧会では藤田の戦争画(聖戦美術)が五点も展示されたが、これに関して毎度馴染みの「戦争責任」問題を持ち出したがる展覧会評があったようだ。横山大観展では戦犯問題を語ろうともしない人々が藤田嗣治展では語りたがるのはどういうことなのか。それよりはむしろ藤田の聖戦美術における圧倒的な力量を素直に見なければならない。大画面に描き出された広大な風景に大群衆を多様に躍動させて統一感をも生み出した驚異の力量には素直に感動した方がよい。また古今東西の合戦図・戦争画と比較して藤田の作に顕著であるのは英雄が不在であること。近代的な戦争の悲惨をこの上なく雄弁に表現していると云える。藤田嗣治展の人混みを抜けたあと所蔵品展を鑑賞。下村観山の筍図をはじめ貴重な作が多く寄託されていたようで、興味深く見た。同館を見たあと旧江戸城の北の丸の奥へ行き東京国立近代美術館工芸館へ。所蔵品展「花より工芸」。重要文化財に指定されている古く美しい洋館の中、展示ケース内に恭しく四谷シモンの「解剖学の少年」が安置されている光景は面白い。初代宮川香山の陶器も楽しい。工芸館を出たあと北桔橋門から皇居東御苑に入り宮内庁楽部の前を通り宮内庁三の丸尚蔵館へ。開催中の所蔵品展「花鳥-愛でる心・彩る技」で一番の見所が伊藤若冲動植綵絵」であるのは云うまでもない。御物の最高峰に位置する傑作を見たところで今日の見物を終了してもよい位だったが、まだ昼三時頃だったので大手門を出たあと大手町駅から都営三田線西高島平駅へ。板橋区立美術館で開催中の所蔵品展「これが板橋の狩野派だ!」を鑑賞。最初の展示室に畳を敷いて広間を作り、狩野派の六曲屏風を五双ばかり立ててあった。ここにあった英派の画中、茶屋で団子か何かを食う人物の姿が特に気に入った。三室にわたる展示の全体を通して何れもユニークな傑作揃いの中、第一の傑作は狩野一信の源平合戦図屏風。登場人物の顔が不気味で怖い。そして解説文が楽しい。というわけで今日は非常に沢山の傑作を見て流石に疲れたので西高島平駅から巣鴨駅を経て新宿駅へ戻り、早めにホテルへ帰着した。