鹿男あをによし第三話

フジテレビ系。ドラマ「鹿男あをによし」。
原作:万城目学鹿男あをによし』。脚本:相沢友子。音楽:佐橋俊彦。企画:中島寛朗。アソシエイトプロデュース:石原隆。プロデュース:土屋健。制作:フジテレビ&共同テレビ。第三話。演出:村上正典
今週も最初から最後まで面白かったが、ことに秀逸だったのは大阪のオコノミ焼き店「冨紗家」での、奈良女学館講師の小川孝信(玉木宏)の長大な告白の場。驚くべき真実を物凄く真剣に語っていて、聴く者を戦慄させる勢いに満ちていたのに、笑い話にしか見えないのが秀逸だった。
奈良の鹿(声:山寺宏一)から下された「三角を取り戻せ」との使命を実行すべく大阪へ来て、「三角」と思しい大和杯の剣道部門の優勝杯を、鼠の使い番と思しい大阪女学館教諭の南場勇三(宅間孝行)から盗み出そうとしたものの、敢えなく失敗した小川先生は、勝手に付いて来ていた同僚教諭の藤原道子綾瀬はるか)に連れられて、大阪のオコノミ焼き店に来ていた。大阪に着いて間もない夕方から既に「おなか空いた」と悲しそうに呟いていた藤原先生は、嬉しそうにオコノミ焼きを食い、また豚肉とモヤシの鍋の温まるのを待っていたが、そこにおいて小川先生は、己がどうして泥棒のような真似をしたのか、どうしてそこまでして優勝杯を持ち去りたかったのかを語り始めた。東京から奈良に赴任して以来、彼の身に何が生じてきたのか。鹿との間に何があったのか。鹿に何を云われ、それをどのように受け止め、どのように反応し、どのように行動し、どのような仕打を受けてきたのか。その英雄的とも云うべき悲劇的な一部始終を彼は真剣に力説した。
藤原先生はその話に驚きながらも、食うことに夢中になっていた。というか、どう見ても話を真剣には聞いていなかった。むしろ呆れていたようだ。実際それは無理もない。小川先生がどんなに真剣に力説しようとも、その話は他人の耳には荒唐無稽な空想話にしか聞こえない。現実の事件として受け止めることができないのみか、そもそも内容を正確に理解することさえできない。真剣に語れば語る程、無茶苦茶な話に聞こえてくる。妄想としか思えない話を真剣な眼差しで延々語り続ける小川先生を、真剣な表情で見つめ直していた藤原先生。それは云わば、とてつもなくヤヴァイもの、見てはならないものを見てしまったような表情、かわいそうな人を見る表情だった。
己の帯びた使命について力説した小川先生は、責任の重さ、悲劇的なまでの英雄性に自ら泣き出しそうになっていたが、それを見詰めて藤原先生は涙を流した。藤原先生の美しい涙を見て、興奮状態の小川先生は肯いた。理解してくれたのだ!と一瞬は思えたに違いない。この間、鍋の中の豚肉とモヤシが次第に焦げて黒く変化していったのも面白かった。
小川先生の話は、劇中の人々には荒唐無稽にしか聞こえないが、小川先生の行動と心理の一部始終を見つめてきた吾等テレヴィ視聴者には全てを真剣な真実として受け止めることができる。…と云いたいところだが、真剣な話の中にも変な要素が混在しているのだ。「鹿と狐と鼠はともに神に仕えているのに、どうして鼠は神聖な任務を邪魔しようとするのか?」という問いを立てた小川先生は、その答えとして、「鼠は嫌われている」と云うのだ。やはり本質的に、どうにも真剣には受け止められない話なのだが、それを物凄く真剣に語り切った小川先生。かわいそうな人に見られても仕方ない。
その夜、自室内のパソコンに向かった藤原先生は、インターネット上に「妄想」と「心」の二語で検索をし、小川先生への対処方法を検討した上で、翌朝、妄想に取り付かれている(と勝手に判定した)小川先生の心をくれぐれも傷付けないよう優しく接した。とはいえ「信じますよ!わたし」と云いながら「鹿と狐と、猿と雉でしたっけ?」とか「三角でも四角でもどうにかして、大サンショウウオやっつけないと」とか、昨夜の話を全然まともに聞いていなかったのが明白。歴史マニアの藤原先生であれば地震と鯰の関係にも詳しいはずであるのに、なぜか地震の主が大サンショウウオになってしまっているのだ。小川先生の話は神話や歴史の要素を豊富に含有しているから藤原先生の興味を惹きそうにも思えたのだが、どうやら優勝杯「三角」保管者の城山(六平直政)が藤原先生の歴史講話に全く惹かれなかったのと同じ位、真剣に聞いてはいなかったらしい。
要するに物凄い変人の藤原先生からも変人扱いをされてしまっている不運の小川先生という構図が笑えるのだ。妄想話と受け取られかねない話を真剣に語ることの根拠として小川先生の云う「俺の顔が鹿になっている」という事実自体が、実際には小川先生にしか見えていないのだから収拾がつかない。それなのに真剣な小川先生。その勢いが最高に面白かった。
長い間かなり苦悩した末に意を決した様子の堀田イト(多部未華子)の凛々しさとか、意外に何かを隠していそうな気配の小治田史明(児玉清)の怪しさとか、今後の面白さをさらに盛り上げそうな要素が満載でもあった。