アイシテル-海容第十話=最終回

日本テレビ系。ドラマ「アイシテル 海容」。第十話=最終回。
原作:伊藤実。脚本:高橋麻紀。演出:吉野洋
野口智也(嘉数一星)がどのような少年であるのかを吾等視聴者は知っている。智也の母さつき(稲森いずみ)と父の和彦(山本太郎)がどのような両親であり人物であるのかも知っている。智也の母方の祖母、森田敏江(藤田弓子)についても。だが、劇中の世間の人々は彼等についての詳しい事情を殆ど何も知らないだろう。なぜなら知らされてはいないから。知らされるべきことでもない。だが、一部の悪意ある連中は、加害者とその家族について断片的な情報だけを入手して、その背後にある事件の全体像については知らないまま、噂話として広めようとしているはずなのだ。その結果、森田敏江の経営していた書道教室は休業に追い込まれたし、智也の両親も当然、住居や職を替えなければならなくなった。そうであれば、もともと犯罪とは無縁であるはずの善い少年であり、ゆえに充分に反省して完全に更生して早くも普通の生活に復帰することを許された智也にも、数多くの困難が待っているだろうことは想像に難くない。でも劇中にはそれは描かれなかった。描くまでもないということか、それとも世間は思いのほか優しかったのか、それとも案外、彼が全ての苦難に耐える強さを身につけたのか。
今宵のこの最終回の最後の、加害者とその家族と、被害者の家族との擦れ違いの場面をどう見るべきだろうか。注目すべき事実として、事件後の数年の間に野口家には重要な新展開があった。智也には事件後に弟が生まれているのだ。智也とその弟をも含めた野口家の四人と、清貴(佐藤詩音)を亡くして何年を経ても決してその記憶と悲しみを忘れることのできない小沢家の三人が、よく晴れた初夏の休日の昼をそれぞれに幸福に過ごして、車道を隔てて擦れ違ったあの場面は、癒し得ない事件の記憶を抱えながらもそれを乗り越えるようにして新たな家族生活を始めようとしているそれぞれの姿を描いたものと云えるだろう。とはいえ、何れかが相手に気付いたり、互いが互いに気付いたりしようものなら、やや癒されかけていた傷がさらに傷められていたかもしれない…と想像される。そう考えるなら、恐ろしい場面でもあった。
ともあれ、このドラマ作品の一番の収穫は、野口智也という難しい役を熱演した子役の嘉数一星。インターネット上にある彼の経歴によると、二〇〇五年の夏の傑作ドラマ「女王の教室」にも出ていたらしい。当時はどんな役を演じてどんな感じだったのか、何れ確認しておこう。五年後や十年後に彼がどんな顔になっているかは定かではないが、現時点では大変な美少年であると思われる。今後の活躍に期待しておこう。