旅行記二大和文華館鉄斎展/奈良国立博物館玄奘三蔵法師展/興福寺国宝館

旅行記二。
朝七時頃にホテルの食堂で朝食。眠かったので再び暫く寝て、十一時半頃に外出。近鉄奈良駅から学園前駅へ。大和文華館で今日まで開催されていた開館50周年記念特別企画展2「鉄斎展」を観照。
大和文華館が蔵する富岡鉄斎の作品と資料の大半は、伊予の松山の三津浜の商人、近藤家の旧蔵品で、鮮魚を描いた小品は近藤家からの鮮魚の贈物に対する礼状として制作されたものだが、大作の中にも、未表装の状態で小さく折りたたんで手紙に同封して贈られたものもあったようで、今回の展覧会では画幅と手紙と封筒を一緒に観照できるようにしてあった。
作品は何れも永年の友への親密の情が窺えて魅力的だが、私的に特に心惹かれるのは大正三年七十九歳の大作《魚藻図》。二匹の鯉が藻の密生する池の中を悠然と遊泳する姿を大きく描いている。鯉は瀧を登り得れば龍に化けると伝えられるが、なるほど画中の鯉も龍のように堂々としている。大きな眼が愛らしい。墨色に透明感があって実に美しい作品。紙本墨画
新収蔵品の紙本墨画《古木図屏風》六曲一双は、大きな筆を用いて大画面に勢いよく描き上げたように見えるが、描かれた古木と岩の姿は極めて端整で簡潔な筆致には無駄がなく、この見事な造形の感覚には感嘆する。
入館したのは昼十二時半頃で、館を出たのは二時頃。学園前駅から近鉄奈良駅へ戻り、鹿の麗しい姿を見ながら歩いて、二時四十分頃、奈良国立博物館の本館「仏像館」へ到着。片山東熊工匠頭が設計した威厳ある洋館内に並んだ百躯近い仏像や神像を一通り観照した。博物館の近所にある東大寺法華堂から御出座になった国宝《脱活乾漆 金剛力士立像》二躯は力強くも優美で、その大きさにも圧倒される。奈良時代の作。
地下の回廊を渡って新館へ。新館二階で開催中の特別展「天竺へ 三蔵法師3万キロの旅」を観照。藤田美術館蔵の名品、鎌倉時代大和絵の傑作である国宝《玄奘三蔵絵》十二巻を一挙に公開して玄奘三蔵法師の大冒険旅行をたどり、さらには大般若経の古い写本や、西遊記に関する資料、天竺図等も展示して三蔵法師への日本人の思いをも振り返る企画。企画の全体が素晴らしいが、何といっても玄奘三蔵絵巻の極彩色の画の美しさに魅了される。傑作と云うほかない。
会場を出れば、特別陳列「初瀬にますは与喜の神垣-與喜天満神社の秘宝と神像」の入口。鎌倉時代の木造《天神坐像》は、怒れる顔が恐ろしく、威儀を正して威厳がある。これとは対照的な、平安時代の粗彫(「荒作」)の神像も神々しい。寛永十五年の《長谷寺境内図》は、長谷寺と與喜天満神社の伽藍配置を見る絵図としても楽しいが、いかにも狩野派らしい山水の表現も見所になっている。重要文化財《赤糸威鎧》は室町時代の作。胴に貼られた萌黄地の錦が赤糸に調和して極めて華やか。
展示を一通り見終えたのは夕方五時を過ぎた頃。地下の回廊へ戻り、売店「仏教美術協会」に寄り、レストラン「葉風泰夢」の餡かけヤキソバと点心で遅い昼食を兼ねた早めの夕食。六時に博物館を出たあとも暫くは周囲を歩き、鹿の群を眺めた。
ホテルへ帰るべく歩いていた途上、興福寺国宝館と興福寺東金堂の夜間特別拝観の看板が見えた。本日は夜八時十五分まで一般公開しているとのこと。詳しく書いておくと、東金堂については、七月中旬から八月末までの毎日と、九月の土曜と日曜と祝日が夜間特別拝観の期間で、七時十五分まで拝観を受付けているが、八月五日から十四日までの盆の期間等には受付の時間を八時十五分まで延長していて、それに合わせて国宝館も八時十五分まで拝観を受付けているとのこと。もちろん拝観することにした。
興福寺国宝館の中央に安置される御本尊の国宝《千手観音立像》をはじめ全ての仏像が美しいが、国宝《木造金剛力士像》の肉体表現は逞しいだけではなく流麗でもあり、その体型の美しさは比類ない。今や大人気の阿修羅像(国宝《乾漆八部衆像》の一)も存分に拝観することができる。背面を拝観することはできないが、背面を写した絵葉書が売店にある。東金堂は堂そのもの(国宝《東金堂》)が麗しいが、堂の中でも大勢の仏像を拝観できる。重要文化財日光菩薩像》《月光菩薩像》のしなやかな身体も美しい。興福寺の仏像には体型の美しい方々が多いような気がする。
七時半頃に堂を出て、周囲を散歩。現在、博物館や興福寺の周辺では沢山の燈火を配置していて、この時間にもなると実に綺麗。国宝館や東金堂の内は意外に静かだったが、外へ出ると大変な賑わい。興福寺から猿沢池へ降りる石段も、真直ぐに並べられた燈火の列で照らされ、猿沢池の周囲にも並べられた燈火は周囲の景色を一段と古く美しく見せていた。
いつまでも周囲を歩き回って夜景を眺めていたかったが、大和文華館と奈良国立博物館で大量の図録等を購入してしまい、荷物が余りにも重かったので仕方なく帰ることにした。ホテルへ着いたのは八時十分頃。