旅行記三/春日大社

旅行記三。
朝七時からホテルの食堂で朝食。宿泊室内で荷物をまとめて、九時頃にはホテルを退出。春日大社を目指した。近鉄奈良駅の大型コインロッカーへ荷物を預けて、そこから東向商店街へ入って三条通へ出て、猿沢商店街を通過して猿沢池をめぐり、五十二段を上がって再び三条通を進み、春日大社の一の鳥居をくぐって春日大社表参道へ。鹿の群が色々な場所で寛いでいる美しい様子を眺めつつ歩いて、二の鳥居へ到着したのは九時五十八分。
道中に見た鹿の中で最も印象深かったのは、開店前の茶店の半ば空いた板戸の間を覗き込んでいた鹿の後姿。
御本殿の南門の前に到着。見れば「桧皮一束 神様へ」の看板あり。春日大社では二十年に一度「式年造替」を行っていて、来る平成二十七年にその「正遷座祭」が行われる。しかるに大神様は式年造替の大事業が参拝者皆の真心の結集によって成し遂げられることを御喜びになられるはずであるので、そこで、新たな社殿の屋根材にするための桧皮として参拝者にそれぞれ一束を奉納して事業に協力してはもらえないだろうか?との趣旨。
これは素晴らしい提案であるので是非とも協力したいと思いつつ、南門を入って幣殿で参拝したあと、近くにいた巫女にこの件について尋ねたところ申込用紙に必要事項を記入するように指示を受け、記入して提出しようとしたところその巫女が不在だったので、特別参拝受付の巫女にそれを渡して一束の奉納を済ませたところ、御土産として春日大社特製クリアファイルを頂戴できたのに加え、何と驚くべきかな、特別参拝の許可までも頂戴できてしまった。
ちなみに春日大社特製クリアファイルを収めてある透明の封筒には「奉納証」も同封されていて、そこには「一、御殿用材桧皮奉納相成、右ノ善行ハ大前ニ御披露申上候也」と書かれ、「春日大社」の名に朱文方印「春日大社」も捺されてある。
春日大社に参詣したなら特別参拝をしなければ損だ!と確信した。なにしろ、一般参拝者は南門を入って直ぐの所にある幣殿で参拝を済ませるわけだが、特別参拝者は幣殿を眺めながら石段を上り、平安時代高倉天皇陛下の御献木になる林檎の木と林檎の庭を間近に見てさらに石段を上り、東回廊の灯篭を見て、御本殿に近い中門で参拝できて、社頭の大杉を間近に見た上に、畏れ多くも、内侍殿(移殿)で休憩することまでもできるのだ。国内屈指の神聖な場所であるこの由緒ある大神社の殆ど中枢に近い御殿の中にまで上がり込んで、その内部の清浄な空間で何時までも過ごすことができるとは何という大サーヴィス。誠に勿体なく有難いことだった。
北回廊の多賀神社から南下して、移殿(内侍殿)の脇を通り、直会殿の前を進んで幣殿の前へ戻った。砂擦りの藤を眺め、西回廊と直会殿の間に真直ぐに流れる御手洗川の清浄な景色を見て、慶賀門を出たのは十時三十八分。そこから石段を降りて二の鳥居の近くの地点へ戻った。もちろん宝物殿にも寄って、七月三十一日まで開催中の特別展「鎧と武士の晴れ姿」を観照。
一の鳥居を出て、奈良国立博物館の庭を横切って登大路へ出て、駅へ向かう途中、鹿で盛り上がる修学旅行客を見ていたら背後に何か気配を感じて、見れば鹿の顔が接していた。春日大社宝物殿で図録三冊を購入したとき頂戴した紙袋に鹿が食い付こうとしていたようだ。鹿は春日大社の神の使者なのだ。
十一時三十七分に近鉄奈良駅へ到着。昼十二時十四分に出立して一時四分に京都へ到着。JR京都駅を出発する予定の時刻が二時十二分であるから約一時間も余裕が生じた。仕方ないので駅の地下の書店で雑誌「エムグラ」の中川大志の記事を見て、序にそれを購入したあと、新幹線中央口の前にある菓子店を見物。京都駅から岡山駅を経て松山駅へ着いたのは六時二十五分。伊予鉄道の電車で道後へ帰った。(六月十九日十一時四分記之。)